嫌いな顔といつもの顔
スペードの三、ハートの五、クラブの九、ダイヤの十一、クラブの二。
手札、そして手元のプリントを見て息を吐いた。
新学期という響きは暦以上に精神的な暖かさを与えてくれるが、実際の気温は十一月と同じくらいらしい。
コートを羽織らなくても登下校に支障はないけど、元用具入れの倉庫、コンクリートの上にマットレスを敷いただけの部室では、思い切って電気ストーブをしまうことができない。
パイプ椅子に座る園芸部員三人は、おのおの膝に毛布を掛け、背中はウサギのように丸々としている。
私立
移動は面倒だし大雨で増水した日は冷や冷やするが、慣れてしまえば隠れ家的な立地は非常に良い。だからと言って、先生の目を盗んで据え置きゲームや危ない遊びに興じるような部員はいない。
強いて挙げれば、お茶セットは校則を飛び出るほど充実しているだろうか。
三人が囲む長机の上にはトランプがばらばらと積まれており、一番上はハートの七。
僕がクラブの九を上にのせると、ひと呼吸で向かいに座る同級生の
「イレブンバックね」
僕らが興じるのは大富豪。場のカードよりも強いカードを出し合い、早く手札をなくせば勝者となる。三を最弱として数字が大きいほど強く、十二の次はエース、二、ジョーカーの順。
ただしローカルルールで、十一が出るとその後強さが反対になったり、同じマークが二枚続くとそれ以降別のマークが出せなくなったりする。
案の定、
「先輩シバリですか。私まで回ってこないじゃないですか」
夏目が手札と先輩を交互ににらむ。
「イレブンバックから弱いカードを消費しよう、なんて無理無理。さて、次出す人いる?」
百人中百人がうんざりするようなしたり顔。これさえなければ高身長なこともあいまってイケメンの部類に入るだろう。
ただ、それではこの人、駒草
ここ最近は受験生として引退した身でありながらちょくちょく僕らをからかいに来てはいつの間にかいなくなる。中高一貫クラスの中でもトップクラスの成績を持つこの人にとっては、受験もそれぐらい遊びを入れるのがちょうどいいのだろう。
本当に、僕はこの顔が嫌いだ。
少し迷ったが、スペードの三を出した。
「やる気だねえ、茅野」
即座に不敵な笑みが返ってきた。
大富豪で最強のカードはジョーカーだが、園芸部ローカルではスペードの三のみジョーカーに勝てる。ただしジョーカー以外にはただの三の力しかない変則カードだ。
「使えるときに使うのが定石でしょ。それとも、先輩はジョーカー持ちですか?」
駒草先輩は漫画のような細目スマイルで肩をすくめた。この表情も嫌いだ。
そして数分後、クラブの二を出した僕の前に先輩のジョーカーが立ちはだかり、見事に伏線は回収された。
小指をぶつけたタンスの角を見るような僕と夏目を無視して、先輩は椅子を引く。
「さて、受験生は勉強に戻るよ。そのプリント、早めにうえしーに出しておいてね」
ショルダーバックを肩にかけるしぐさすらうっとうしかった。夏目は座ったまま机にもたれ、ふて寝を始めてしまう。
そうして爆弾がいなくなり、部室に静けさが戻った。精気やら何やらも一緒に持っていかれた気がするが、この程度で済んだのだからまあ良しとしよう。
これでようやく本題に取り掛かれると先輩の一割ほど笑う。
「そういうわけで、上島先生に提出するプリントなんだけど」
「もう一回戦ね」
机に突っ伏す夏目から蝉の羽音が聞こえた。
「早く配って」
顔だけ起こして威圧する夏目に、きっとパチンコ屋にはこういう目をした人がいっぱいいるのだろうなと思いながら、またトランプをきり始めた。
改めて目の前の同級生を見る。
こんなではあるが黙っていればかわいい系の女子高生にカテゴライズされるだろう。名前は夏目
その後、もう三回戦で夏目はあきらめた。
「やっぱり大富豪は四人からだよね」
確かにそうだが、そういうことではない。
「四人ねえ。駒草先輩以外だと、
うちの部は一筋縄でいかないメンバーが多くて困る。
「それより、そのプリント木曜までに提出しなきゃなんでしょ」
手札を投げ出したと思ったらすぐにこのセリフを言える夏目は、いっそすがすがしくて好感が持てた。
「頭使うんだから甘い飲み物、それにお菓子ね」
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