掘っ立て小屋でのやり取りから数日後。


私は土曜日の午前授業を終えると、昼間から海岸へ入り浸りました。


少年に会いたかったからではありません。

ただなんとなく、誰もいない静かな場所で1人きりになりたかったのです。


太陽が燦々と辺りを照らしても、閑散としている浜辺――古びた木製ボート以外は何もない寂しい場所。

そこに降り立つと、遠くにある月影島をぼんやり眺めました。

彼がいるだろう施設は、鬱蒼と生い茂った林木に隠れてしまっていて、ちゃんとは見えませんでした。


「不完全の何がいけないの?」


そう言い残して出て行ってしまった彼。


一連の流れを思い出すと……いいえ。

当初から彼は本当につかみどころがありませんでした。


日に焼けた肌、黒い瞳、不恰好な砂城、欠けた星砂。

彼と過ごした日々の断片が目まぐるしくフラッシュバックしていって――。


出会ってからまだひと月しか経ってないのに、色々なことがあったな……なんて。

感慨深い気持ちになりつつも、少年に対する執着心がすっかり冷えて薄れている自分を、私は他人事のように受け止めていました。


この先どうやって挽回するか。

「フォーマルハウト」に居続けるためにはどうしたらいいのか。


自分の立ち位置を確認して、今後の振る舞いを見直していると、あっという間に日が暮れてしまいました。


地平線から大きな満月が燃えるように昇ってくると、ふいに気配を感じて辺りに視線をやりました。


すると波打ち際から程近い場所で、しゃがみ込んでいる少年を見つけたのです。


いつの間に来たのか。

彼が来たことも気づかないくらい、物思いにふけっていたのだろうか。


疑問には思いましたが特に気にすることなく、私は彼に近づくと声をかけました。


いつものように砂城を作っていると思ったのですが、砂いじりの形跡もなくて――

ただ張り詰めた表情で私を見上げた後、ゆっくり顔を伏せたのです。


少年はどことなく気落ちしている様子でした。


どうしたのか尋ねると、「怖い夢を見た」とか細い声で答えました。


あの飄々とした彼の意外な一面に少々驚きましたが、すぐに気になって夢の内容を聞いてみました。


「大切な友達を失ってしまう夢だった」


と、彼は一息で話しました。

それから独白に近い形で、友人Kとの思い出を口にし始めたのですが……。


それは聞くに耐えない残酷で非道なものでした。


同じ施設に住む同年代の男の子、K。

少年はKを大事に思っていたらしいですが、話を聞く限り、とてもそんな風には思えませんでした。


病弱な彼の話し相手となったり、彼の趣味である標本作りを手伝うため、昆虫を代わりに採ってきたり――

優しい態度で接したかと思えば。


他の男友達に支持してKを虐めさせたり、大切な標本を盗み出したり――

わざと傷付けるような行為をする。


真逆の行動を繰り返す内に、Kは部屋に閉じこもり、施設を出て行くまで少年と顔を合わせることはなかったそうです。


私はすっかり呆れてしまって、何故そんなことをしたのか問いただしました。


すると、彼は悪びれもせずに「愛していたから」と言ったのです。

私は耐えきれずに、彼の非道徳的な行動に対して強く否定しました。


大事な友人だからこそ、相手への配慮を蔑ろにしてはいけません。

相手を慈しみ労わる心が、本当の愛情というものでしょう。

愛は神聖なもの、悪徳で汚してはいけません。


人に怒鳴ったのは、あれが初めてでした。


「愛ってそんなに綺麗なの?」


無機質な声にハッとすると、感情のない黒い瞳が見つめていました。

冷たい汗が背筋を伝い、このまま無言の時間が永遠に続くのではと思った頃。


「君も僕の元から去ってしまうんだね」


と、彼が囁きました。


月に照らされた少年の横顔に、一瞬だけ寂しさが浮かんでいるのを見て、私は思わず彼へ手を伸ばしたのですが。

それよりも早く、少年はあの古い木製ボートを押し出し飛び乗ると沖へ出て行ってしまいました。


海面には満月がつくりだした光の道がユラユラ揺れていて……。

まっすぐ月影島に向かって伸びる道の上を、彼はボートを漕いで去っていきました。


この夜が少年と過ごした最後の日になります。


私は今でも外出許可が下りるとS海岸へ行くのですが、彼とは会えずじまいです。


結局少年は何者だったのか。

みのりちゃんが話していた噂の幽霊だったのかもしれないし、それとも私が創り上げた幻の存在だったのかもしれません。


ただ、あの言葉。


「君も僕の元から去ってしまうんだね」


あれはどういう意味で言ったのか――。


去ってしまったのは少年のはずなのに、私はどうしても自分から彼の手を離してしまったように思えてなりません。

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