それからというもの、私は少年に導かれるように海岸へ通いました。

少年は月夜になると必ずあの海岸に現れ、例の城づくりをしていたので、それを手伝ったり後は世間話もしました。


世間話と言っても、話すのは私ばかりでしたが。

学校のこと、クラスメイトのこと、クラブのこと、お稽古のピアノ、その他諸々。


彼は私のことについて色々と聞いてくる割には、曖昧な相づちや空返事をするばかりで、私の返答にさほど興味がない様子でした。


でも、それがかえって心地が良かった――。


あの素っ気ない態度の前では、配慮も必要ない上に、愚痴や弱音を素直に吐き出せたので。


彼に会えない時間は空虚なものでした。

みのりちゃんのことも、クラブで過ごす時間もどうでもよかった。


彼に心を支配され、今までの生活が変わり始めた頃。

私にとって、人生を揺るがす程の事件が起こりました。


あれは確か、満月に成りきれない中途半端な月の夜でした。

学院から模試の結果が返されたのですが、それが酷い出来だったのです。

少年と会う日々が続いても、勉強時間は変わらず確保していたのですが――。

当然、母親は焦りました。

父親や担任から、激励の言葉をいただきました。

同級生からは陰口を受けました。


……これ以上はもう、思い出したくありませんね。


今まで積み重ねてきた理想像に綻びが生まれ、私は唐突な眩暈に襲われました。

このままでは、クラブ会員の資格をはく奪されてしまうかもしれない。

全校生徒の中から選ばれる、憧れの少女たち。

チャンスを掴み、その少女達の枠の中へようやく入れたというのに、それを失ってしまうと考えたら。

焦燥と不安、それから恐怖心を抱えながらも、私は海岸へ足を運びました。

全ての感情をぶち撒けてしまいたい衝動に駆られたのです。


空全体が薄い雲に覆われて、月夜とは言えませんでしたが、それでも少年が現れはしないかと待ち続けました。

月影島に灯る施設の明かりをぼんやり眺めていると、私を呼ぶ澄んだ声がどこからか聞こえてきました。


「こっちだよ」


呼びかける声の方へ顔を向けると、岬にある掘っ立て小屋が目に留まりました。

小屋の窓からはわずかな光が漏れていて、よく見ると少年が手を振っていたのです。

私は急いで向かいました。


勾配のある坂道を登り松林を通り抜けた先に、その小屋はあったのですが……。


潮風にさらされたまま、修繕されずに放置されていたのでしょう。

トタンの壁は錆びれ、屋根は所々剥がれ落ちていたんです。

入るのを躊躇っていると扉が開いて、少年が顔を覗かせました。


「早くおいでよ」と言うなり、中へ引っ込んでしまったので、私は意を決して汚らしい小屋に足を踏み入れました。


少年は「僕のお気に入りの場所だよ」と誇らしげに言っていましたが――。


中は薄暗くひどく殺風景で、海岸と同じく寂しい印象だったのを覚えています。

部屋の隅に網漁がとぐろを巻き、木箱がいくつかとランプがあるだけ。

彼は木箱を椅子とテーブルに見立てて使い、私にも座るよう勧めましたが、丁重に断りました。

立っていないと、無防備な気がしたんです。


私はなんとか気を取り直すと、矢継ぎ早に話し続けました。

辛い現状と苦しい胸の内。

それらを全て少年に告白すると、やっとひと息つけた気がしました。

充足感に浸っていると、彼が微かに身じろいで胸ポケットから何か取り出したのです。


「僕の宝ものを見せてあげる」


と、ふいに渡されたものは小瓶で中には白い砂が入っていました。

丸い砂粒は注意深く観察すると、欠けたトゲがあるものもチラホラ混じっていて、不思議と目を引きました。


これは何なのか尋ねると星砂だと答え、次いで「君はこの星砂のようだね」とにっこり笑ったのです。


少年の言わんとすることが、最初は分かりませんでした。


――トゲが欠けた星砂。


星砂は、有孔虫という生物の死骸が残した殻だと、どこかで聞いたことがありました。

星を思わせるあの形だからこそ、あらゆる人を惹きつけ鑑賞対象として愛好されているのです。

トゲが削れていては到底、売り物にはなりません。

ただの死骸です。


そこまで考えると、全身の血の気が一気に引きました。

欠けた星砂と自分が重なって、死骸のように転がるイメージが浮かんだのです。


――少年は私を揶揄しているのだ。


優秀な生徒しか集まらない、

「フォーマルハウト」


その輪へ交わるために、必死な思いで彼女たちを真似てきたことを。

その努力も呆気なく崩壊し始めている現状を。


必死に擬態しても滑稽なだけだ、と。


彼が不完全な星砂を私に例えたのは、そう言いたかったからに違いありません。

私は努めて冷静な口調を意識しながら、未熟な自分を認めた上で、深く傷ついたことを伝えました。

彼はきょとんとした顔をして、あの黒い瞳でまじまじと私を見つめると――。


「不完全の何がいけないの?」


と、言い残して外へ出て行ってしまったんです。

私は呆気に取られてしまい、少年の後を追いかける気力も湧きませんでした。

まさかそんなことを言われるとは思わなかったのです。


――だってそうでしょう?


魅力的な絵画、話題の女優、流行の洋服、エリートサラリーマン、一流のスポーツ選手……。

世間から称賛と憧憬の眼差しを浴びる存在は常に完璧です。

人生という与えられた舞台で、完璧に振舞い魅せることこそ、価値のあることではないでしょうか。

そうでなければ、社会から爪弾きにされて片隅に押しやられてしまうだけです。


……私たちがいるこの施設だって、社会の片隅と言っても過言ではありませんね。





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