第33話 街中の追走劇

「行ってしまいましたね....」


ノアが去っていった後を見ながらエルンが呟く。お礼の言葉一つも言うことが出来なかったことに少しだけ罪悪感を覚えるが、聞く前に行ってしまったノアが悪いと納得する。


「何をしているエルン!早く追うぞ!」


イリスがノアを追いかけるために走り出そうとするのを引っ張って止める。


「待ちなさい。姫様がどこに攫われたのかもわかっていないのだから落ち着いて。ユーリ、姫様の場所は分かりそう?」


「ん.....駄目。人が多すぎる」


護衛の中で最も索敵能力が高いユーリが感知できないのなら、尚更慎重に動く必要があった。変に動いて焦った犯人がアリシアに危害を加えたとあっては目も当てられないからだ。


「ひとまず駐屯所に向かいましょう。私達の身分を明かせば協力が得られるはずですから。イリスとユーリは探しに行っても構いません。メルちゃんは私が見ていますから」


アリシアを探したくてうずうずとしているイリスにユーリと一緒に探しに行く許可を出し、エルンは駐屯所に向かうことにした。


駐屯所に向かう途中、エルンはイリスに気になっていることを尋ねることにした。


「貴女は何者なんですか?」


「....どういうこと?」


スキルのことがバレたのかと一瞬思うが、エルンの心の声からそうではないことを確認して知らないふりをすることにした。スキルを見破られるなんてことが出来るのはノアだけで充分だ。


「いえ、聞き方が悪かったですね。貴女は何故ノアくんに助けられたのですか?」


「私が子供だからじゃないの?」


「あの人がなんの打算も無しに貴女を側においておくとは思えないんですよ」


少しの間だが、エルンはノアのことを観察してきた。性格から戦い方まで見てきたが、メルがどれだけ不憫な境遇だとしても無償で側に置いておくとは思えないのだ。


「気のせい。私は何もしていないし何もできない」


「そう、ですか」


メルの否定に一応は納得する素振りを見せるも、その瞳から疑念は消えていない。メルもスキルでそれを感じとっていた。この場で問い詰めるのは悪手と判断したエルンとメルはお互い無言で駐屯所への道を走るのだった。





♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢





その頃、ノアは建物の屋根の上を走っていた。[魔眼]を発動させて、[空間把握]の範囲を限界まで広げてアリシアの行方を探る。それだけではなく[感覚強化]、[直感]までも使い、全力で痕跡を感知していた。


膨大な量の情報を整理するのに[思考加速]と二重詠唱デュアルスペル用の[並列思考]を使い、一つ一つ精査していく。


そして導き出された場所は、街のはずれにあるスラム街だった。


セントルインは非常に発展した都市だ。だからこそ貧富の差が如実に現れてしまう。貴族達がこれに対してなんの援助もしなかった訳ではない。むしろ、経済にしろ食料にしろ、できる限りの政策を打ち出していた。しかし、貧民の数があまりに膨大すぎた。栄えた都市には人が集まるそれも貧民が増えた理由の一つであり、もはや国の予算では彼らに回す資金が無くなってしまったのだ。


王都の煌びやかな光には深く暗い影が伴っているのだ。


ノアはスラム街のありさまに目を向けながら敵の反応を探る。


(酷いな。環境は劣悪、だから犯罪者が増えるってことか。まあ今はアリシアのことだ)


走っていた足を止めて立ち止まる。視線の先にいるのは今まで同様黒いフードを被った男だ。自分でも見つけるのに時間がかかった隠密性と佇まいから相手がかなりの強者であると判断する。戦闘能力ならばイリスと同等、もしくはそれ以上だろう。


「さっさとお姫サマを返してもらおうか?」


「クク。アイツらを倒していい気になっているようだがお前のようなガキに俺の相手が務まるかな?」


黒フードの男はノアの質問を無視して挑発するような言葉を並べる。


「質問に質問で返しやがって...。俺の敵になるってことでいいんだよな?」


話の途中で黒フードがノアを斬るために動き出す。


それを見てノアは[神速]に加えて天進流の歩法で距離を一瞬にして詰める。剣を抜くことすらせず、拳を握って思い切り男の顔面を殴った。


「ガアッ!!」


「悪いが手加減してやれる気がしない。俺は今機嫌が悪いんでね」


地面を転がる男に[竜脚]を発動させた足で蹴りを打ち込む。それだけでは終わらず、マントを掴んで連続で全身を殴打する。


「クソッ!ふざけるな!俺のスキル[魔剣]でお前なんぞ——」


今度はノアが相手の話を遮り、上段蹴りを放って男を黙らせる。


「雑魚が。気晴らしにもならねえ」


敵が完全に沈黙したの見届け、アリシアの反応を探る。路地裏の奥に拘束されていたアリシアを発見し、駆け寄った。


「アリシア!無事か!?」


駆け寄ってくるノアを見てアリシアが必死に叫ぶ。


「ノア様!来ては駄目です!」


そこに、建物の上から5人の黒フードが飛び降りてノアを攻撃する。剣を抜いて対処しようとするが、ハッとした顔をしてノアはその場にしゃがみ込んでしまう。


瞬間、建物が。その剣閃はノアの頭上スレスレを通って5人の黒フードを切断した。ノアはそれに目もくれず、剣閃が発生した場所をじっと見つめている。


狭い通りの奥からコツコツと靴音が響く。そこから姿を現したのは金髪の男。銀に金の線が入った鎧を着ていて、見るからに高い身分であることが窺える。


「あれ?1人斬り損ねたかな?」


手に持っている剣も技物であることが一目で分かる。

その男の名は——


「"剣聖" ユリウス・グラッド....!」

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