第32話 王都

イリス夜這い疑惑事件から数日。新たにメルを加えたノア一行はセントラス王国の王都 セントルインに辿り着いていた。


城壁が高々とそびえ立ち、街の端からでも荘厳な王城を見ることが出来る。流石は城下町というべきか熱気に溢れており、人と人との間を縫うようにしなければ進むことができないほどだ。これだけでセントラスという国がどれだけ栄えているかがわかるだろう。


ノアはあまり屋敷の外に出るという経験が無かったため、物珍しそうに周囲を見渡している。メルはそんなノアの足にしがみつきながら、これまた周りを見つめている。スキルはオンオフが可能らしく、周りの人々の心の声を聞いてしまうこともない。


一方アリシア達は慣れているのかそんなノアを微笑ましそうに見つめていた。普段から落ち着き払っているノアが初めて12歳相応の反応を見せたのだ。普段懐かない猫が急に甘えてくるのを見るような反応になっていた。


「ノア殿。少し店を見て回って来てはどうだ?もう王都に着いたしな」


「いや、駄目だ。万が一ってことがある。もし行くとしてもあんたらも着いてこい」


今は人が多すぎてリルを召喚することが出来ない。なのでアリシアから目を離すのはリスクが高すぎる。そもそもこの王都は敵の庭だ。いざというときに土地勘に疎いノアではなんらかの問題が生じる可能性がある。


ということで全員で店を回ることになった。ノアが興味を持ったのもあるが、メルに出来るだけ色々な物を見せてやるためだ。実を言えばノアは既に[魔眼]と[解析]を使って見たい物は見終わっている。


最初に入ったのは洋服店だ。今はマントで隠しているが、メルの服を新調する必要があった。ノアはそういったことにあまり興味がない、というか知識がないので服選びはアリシア達に任せることにした。


「も、もういらな...」、「試着やだ...」などの声が聞こえてくる。


もはや着せ替え人形と化していたがノアは我関せずと店頭で彼女らを待っている。少し、いや1時間ほどして服を大量に抱えたメル達が出てきた。


「買いすぎだろ....」


「女の子には必要なものが沢山あるんですっ!」


長く待たされた愚痴をこぼすもすぐに反論されてしまう。言い返す元気もなかったので適当にあしらい、メルの服を時空庫(時空間魔法が付与された指輪)に入れていく。


メルは新しく買った洋服を着ていた。青色のワンピースだ。近くにやってきてノアのことをじっと見つめているメル。ここまでされれば何をするべきかノアでも分かる。


「服、似合ってるぞ」


ノアが言葉少なに褒めると、メルは嬉しそうにはにかむのだった。




その次に入ったのは魔道具の店だ。魔道具とは端的に言えば魔法が付与された物という認識であり、品質の差はどれだけ綿密に、精密に魔法を付与出来るかという点に重きが置かれる。付与魔法にはそれぞれの魔法使いごとに手法があり、それは門外不出の秘伝となっている。ノアの時空庫も魔道具の一つだ。


店には戦闘用から日常生活用まで様々な分類のものが置いてあり、非常にノアの好奇心を刺激した。自分の魔道具に更なる発展を遂げさせるため、商品を[解析]するという犯罪まがいのことをして、今度はノアが時間を潰すことになった。


それからお昼ご飯を食べた後少し歩き、次はどこに行くかを話していた。その時、[直感]スキルがノアに危険を伝える。


長年連れ立ってきたスキルの指示に従い、アリシア目掛けて飛んできた矢を剣ではじく。


「敵だ!武器を構えろ!メルは下がれ!」


一拍遅れてイリスは剣、エルンは杖、ユーリは弓を構える。イリスの弓は人が多いこの場所では乱射は出来ない。エルンの魔法も同様の理由で使い所を考える必要がある。


(チッ!人が多すぎて索敵が上手く反応しなかった!殺気も上手く隠してやがる.....)


どこに敵が潜んでいるかわからない以上、下手に動けば格好の的になってしまう。そのためノア達は膠着状態を強いられてしまう。


だが、武器を取り出したノア達から人々が離れていく。ほとんどがいなくなれば敵を見つけるのも容易だ。あとはそれを待つだけ、と思った瞬間、広げられたノアの感覚網がエルンに向かって剣を突き出している存在を捉える。一般人の格好をしているが、迷わずエルンを狙っていることから明確な敵であると判断し、そこに割り込む。黒竜のコートが剣をはじき、その腕をノアが切り落とす。


あのまま間に合っていなかったらエルンは致命傷を負っていた。助けられたことにほっと息をつく。


「あ、ありがとうござい——



「きゃあああぁぁぁぁ!!!」



が、そこにアリシアの叫び声が響いた。咄嗟にそちらに顔を向けると何者かにアリシアが連れ去られようとしているのが目に入る。


すぐに追おうとするも、魔法と矢の雨がノア達に殺到する。風魔法で全て薙ぎ払うが、既にそこにアリシアの姿はなくなっていた。


「死ねぇぇ!」


更に敵が増え、ノア達がアリシアを追いかけようとするのを妨げる。悔しさに顔を歪ませながらも瞬時に[解析]でスキルを確認し、対処していく。


([隠密]、[魔法強化]、[念力]、[火拳]、[疾走]...舐められたもんだ)


隠れていた[隠密]使いを看破してそのまま切り裂く。[魔法強化]にはこちらも魔法で相殺し、速射して始末。[念力]は動きを一瞬止める程度だったのでやはり魔法で対処し、[火拳]は「風纏」を付与した剣で拳ごと斬る。[疾走]に至っては撤退しようとしたので[神速]で追いついて首を刎ねた。


「大丈夫か?3人とも」


他の追手と戦っていた2人に声をかける。


「ああ。我々は問題ない。だが姫様が...!」


「わかってる。俺が優先順位を間違えたせいだ。責任を持って解決させてもらう」


今回アリシアが攫われたのはノアが一瞬目を離したからだ。護衛の任務を全うするのならばあそこでエルンを見捨てるべきではあった。だがそれを差し引いてもノアならばエルンとアリシア両方を未然に防ぐことができた。自分の未熟さのせいで起きたこの事態に対し、深く反省するノア。例え不足の事態が起きたとしても冷静にならなければ死あるのみ。ノアが森で学んだことの一つだ。


ノアはアリシアを見つけるため、スキルを総動員して走りだす。


「すぐに戻る」


そう言い残して。

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