第31話 奴隷の少女
「違う!私は無実だ!」
他に人の姿が見えない街道にイリスの叫び声が響く。
「はいはい。言い訳はいいから、ね?」
エルンがイリスに罪を認めるよう促すが、イリスは顔を真っ赤にしたまま首を横に振る。
この状況を説明するには数分前に時計の針を戻す必要がある。
まず、ノアはアリシア達が起きてきたのを確認して、日課の剣術の鍛錬をしに森に入っていった。アリシアとエルンはその時起きたばかりだったのでそれを見ていなかった。
そうすると、イリスがいないことに少ししてから気づく。周辺を探しても姿か見えなかったので何か知らないかとアリシアはノアの天幕を尋ねたのだ。ここでお気づきだろうか。昨日ノアは自分の天幕に誰を寝かせたのか?
そう、アリシアは天幕の入り口を開けると中でイリスが寝ているのを目撃する。あまりの驚きにエルンとユーリを呼びに行くときに三回も転んだほどだ。アリシアの叫び声で目が覚めたイリスは天幕から出て周囲を確認するとやけにエルン達が自分を見つめていることに気付く。
「どうしたんだ?」
そう尋ねると返ってきた答えはこれだった。
「貴女....今ノアくんの天幕から出て来たわよね?」
そして一度天幕を振り返る。よく見ると入り口に名前が書いてあるので、それを見るとイリスは途端に顔を赤面させうずくまる。
「ち、違う!私はやっていない!というか昨日の記憶がない!」
ノアの年齢は12歳。普通に見ればイリスから天幕に向かったと思われるだろう。必死に弁明するも、エルンに昨日のことを聞かれてどもってしまう。ユーリはどこ吹く風と言わんばかりに朝食の準備を進めている。
そして場面は冒頭へ戻る。あまりの恥ずかしさに耐えられず、イリスが剣のつかに手をかけた瞬間ノアがひょこりと姿を見せた。
「何をやってるんだ?なにやら叫び声が聞こえたが....」
「ノア殿!説明してくれ!私は貴殿に何もしていないよな!?」
イリスに掴みかかられ、説明を要求される。
「ちょ、ま、何のことだ?」
「イリスが貴方の天幕で寝ていたことについてですよ」
いまいち状況が掴めていないノアにエルンが助け船を出す。
「ああ!見張りの時イリスが寝てたから俺の天幕に寝かせただけだよ。あんた達の天幕に勝手に入るのもどうかと思ってな」
「そうなんですか?ならイリスは何もしていないと?」
「そうゆうこと」
「信じていたぞノア殿!!」
自分の無実が晴れたことが余程嬉しいようでノアに思い切り抱き着くイリス。そこを後ろからエルンに引っ張られる。
「無実は晴れましたけど貴女見張りのとき寝ていたんですか?」
目が笑っていない笑顔でエルンが尋ねる。
「あ、ああ。本当にすまなかった!次やってしまったら腹を切る!」
「当然でしょう!今回は良かったもののその隙に襲われていたらどうするんですか!」
その後5分ほどエルンの説教が続き、ノアがエルンに声をかける。
「あー。イリスに説教するのは構わないが少し言っておきたいことがある」
「どうしたんですか?」
首をこてんと傾げてアリシアが聞き返す。
「この子のことだ」
そう言ってノアが連れて来たのは1人の少女だった。隠れるようにノアの足にしがみついている。ノアをして少女と言える身長なので、年齢としては8歳くらいだろうか。
「ほら。お姉さん達に自己紹介だ」
ノアが優しく声をかけると辛うじて聞き取れる大きさで声を出す。
「メルです.....」
それだけ言うとすぐにノアの後ろに隠れてしまった。
「ノアくん?その子は?」
「鍛錬をしているときに見つけた野盗が連れていた奴隷だ。行くところも無さそうだし連れて来た」
正確には鍛錬をしている時ではなく夜中に襲撃してきたのだが気を遣わせると思い嘘をつく。
「連れてきたって...」
「面倒は俺が見る。この子がいるからと言って護衛を疎かにするつもりはないよ」
「わかりました。よろしくお願いしますね!メルちゃん!」
ノアの決定をアリシアが了承し、仲良くなろうとメルに声をかける。しかし、ノアの後ろから出てくる気配はない。
「すまん。少し人間不信になっているみたいなんだ。慣れるまでそっとしておいてくれ」
「そうですか....。わかりました」
アリシアがしゅんとして引き下がる。
メルをどこかの孤児院に預ける、などをせずにノアが面倒を見るのには理由がある。奴隷紋を刻まれた奴隷はどんな所でもそれ相応の扱いを受けてしまうのだ。主人がいないとなれば脱走したとして厳しい罰を受けてしまうかもしれない。
野盗達に暴力を振るわれていた形跡があったが、既に回復魔法で傷は全て消している。
エルンやイリスがメルに対して話しかけなかったのは、国が奴隷販売を禁止しているのにもかかわらずそういったことが起きているということを恥じたからだ。奴隷販売を取り締まるのも騎士の仕事の一つである。
メルが奴隷になった経緯は親に売られたから。ノアがメルを助けることにしたのにはそこにシンパシーを感じたからというのもあった。その上、メルの持つスキルにも興味を惹かれたのだ。
「大丈夫か?メル」
ノアがメルを気遣ったのに対し、こくりと頷く。イリス達が朝ご飯の支度をしているユーリを手伝いにいったのを見てメルに質問をする。
「で、どうだった?」
「.....嘘をついてる人はいなかった、はず」
自信がないようにノアの質問に答える。
彼女が生まれ持ったスキルの名は——
だった。
野盗はおろか親すらもこのスキルに気づいていなかったらしい。
特段イリスやエルンを信用していない訳ではないが試運転として彼女達を相手にスキルを使わせることにしたのだ。
これから向かうのは王侯貴族が多くいる王城だ。貴族としての手練手管はノアも心得ているが、古参の貴族相手には流石に読み合いで勝てるとは思っていない。元々リルに言われてから助けるつもりではあったが手元に置いておく理由が出来た、ということだ。
無論冷遇するつもりはないし、出来るだけ優しく接するつもりではある。これまで親にすら与えられて来なかった愛情を与えてやりたいとも思っていた。
だが、ノアも愛情という愛情を向けられた経験はほとんどない。あるとすれば母親だが、彼女もノアが小さいときに亡くなってしまっている。この2人がどのような関係性を築くのかは誰にもわからない。
「ノアさーん!ご飯ができましたよー!」
アリシアに呼ばれ、ノアとメルは朝ご飯を食べに彼女達のもとへ歩いていった。
_________________________________________
奴隷制度の有無や扱いについては国によって違います。セントラス王国はかなりいいほう
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます