第29話 出発

セントラス王国はアルクーツクの森に隣接している国の一つだ。世界でも特に強大な国家であり、その影響力は中小国家であるセーベル王国とは比べ物にならない。現在の王は善政を敷いているということで国民の意思意欲も高く、まさに大国と呼ばれるに相応しい国だ。


アルクーツクの森を挟んでセントラス王国、セーベル王国、多種族共生国家アレイベルク

が隣接している。アレイベルクはその名の通り様々な種族——エルフやドワーフなどの亜人と人間が共に暮らしている国だ。トップは獣人で、この国もセントラス王国同様に世界的な国家の一つである。


隣接している国々の中でセーベル王国だけは国としての規模が違う。領土が広い訳でもなく兵力が強い訳でもない。その反面、野望だけは大きいようで今も粛々と軍事力を高めている。小さな国で軍事力に力を入れるということは国民の生活が切り詰められるということに他ならない。王族や貴族達が権益を独占し、国民は苦しい生活を強いられている。魔王による侵攻や、スキルが重要視されるのもそれに拍車をかけている要因だろう。平民が良いスキルを授かるのは滅多にないことだからだ。


故にノアは自分の国が嫌いだった。貴族という身分が嫌いだったのだ。


重ねて言うがアリシア達が向かっているセントラス王国は軍事力経済力共にセーベル王国を遥かに凌ぐ大国だ。その大国の第一王女が狙われる、なんていうことは追手が他国の者ならば国際戦争に発展する大問題である。


だがアリシアは碌な人数の護衛も連れずに追手から逃げていた。途中で命を落としたのかもしれないが、森に逃げ込むようなことになるだろうか?お忍びだったのなら追手は他国ではなく自国の人間のはず、そう考えながらノアは夜道を走っていた。


(依頼を受けると決めた以上詳細を聞く必要があるな。帰ったら聞いてみるか)


やると決めたらなにかなんでもやるのがノアの流儀である。護衛をすると決めたのなら確実に護りきる、そう決めてノアは家のドアを開けた。






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家に入るとエリュンハートがリビングで座っているのが見えた。


「お帰りなさいませ」


「あ、ああただいま。こんな所で何やってるんだエリュンハートさん?お姫様達は?」


お帰りなさい、と言われたことに戸惑い、声がうわずってしまう。黒竜の装備は既に村で脱いで時空間魔法が付与された鞄にしまっている。アリシアとイリスの姿がないので、エリュンハートのみが起きているのかと質問する。


「あの2人はもう寝ていますよ。ユーリが起きたことではしゃぎすぎたようです。あと"エルン"で構いません。エリュンハートだと長いでしょう」


「まああんたがそう言うならエルンと呼ばせて貰うよ。で?なんのようだ?こんな夜にしかも1人で待ってるってことはなんか聞きたいことか言いたいことがあるんだろう?」


「お見通しでしたか。ええ。その通りです。

早速聞かせていただきますが貴方は護衛の任務を受ける気ですか?」


「そのつもりだが.....何か問題でも?」


「そうですか....。素直に言いますが私はまだ貴方を信用していません。その上で——姫様を絶対に護り抜いていただきたいのです」


エルンが頭を下げる。頭を下げられたことに面食らうが、その顔は真剣だった。アリシアのことを心から案じているのだろう。


(ここまで必死に頼むとは.....。自分達では勝てない奴に心当たりがあるということか?)


「無論だな。受けた依頼は必ずこなす。心配しなくていい。あと信用していない相手に急所を晒すのは好手とは言えない。明日になったら引き受ける旨を話す。だからさっさと寝ろ」


そしてもう一度ぺこりと頭を下げるとエルンは自分に割り当てられた部屋に帰っていった。





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翌日。

ノアの家のリビングにて。アリシア、イリス、エルンそして回復したユーリに向かい合ってノアが座っている。


「俺は例の護衛の件だが受けてもいいと思っている」


全員が集まったことでノアがそう切り出す。


「本当ですか!」


アリシアがそれに喜び、イリスも続く。ユーリは微動だにしない。


「基本的な報酬や条件に関してはそちらで決めて貰っていい。代わりに俺の持つ力や魔法、スキルに対する詮索をすることは許さない。その条件が飲めるなら喜んで引き受けさせてもらおう」


「それで構いません」


アリシアが即答し、エルンもそれに頷いている。


「なら聞いておきたいことがある。答えられないのなら答えられないでいい」


「どうぞ」


「お前達が狙われているのは他国の追手ではなくセントラス王国の奴からだな?」


「っ!気づいていらしたのですか?」


「ああ。他国の追手ならお前を殺そうとするのではなく連れ去ろうとするはずだからな。殺したら戦争に発展するだけだ。狙うとすればセーベル王国だからな。それは手段として余りにも拙すぎる。あとアルクーツクの森に追い込まれるということもそれを裏付ける証拠だろうさ。まあ.....王位継承権争いってとこか?」


「概ねそれで間違っていません。あれだけの情報でそこまで推察できるとは.....流石です」


「少し考えれば分かることだ。出発は明後日でいいか?もうユーリも全快してるしな」


「はい。皆もそれで大丈夫?」


アリシアが念のため護衛の面々に尋ねる。


「「はい」」


イリスとエルンはそれに返事をし、ユーリはこくりと頷く。

 

「なら決まりだ。明後日出発向かうのはセントラス王国だな」



そして更に二日後。


家の前にノア達の姿があった。ノアは黒竜の装備を身に纏っている。それぞれ荷物の確認が済み、いよいよ出発—しようとした瞬間崖の方角から雄叫びが耳に届く。それも一つだけではなくいくつも。


一瞬目を見開くが、すぐに口元に微笑を浮かべる。


「どうかしましたか?」


その様子をアリシアに心配されるが、笑みは崩れていない。


「いや、大丈夫だ。さ、そろそろ出発しよう」


そしてノア一行はセントラス王国に向けて歩きだしたのだった。

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