第28話 別れの時

ノアとイリスが模擬戦を行った翌日。


ノアはユーリが寝込んでいる部屋で、昨日の依頼について考えていた。


(どこまで護衛をするのか、なぜ護衛が必要なのかはこの際どうでもいい。どうする?確かにもうこの森での目的は達成したに等しい。だが俺はまだこの世界で最強の内の1人とは言えないだろう。イージスを倒せたのも渓谷という環境で飛行を封じてかつこちらの戦いやすいように状況を整えたからこそだ。俺の純粋な戦闘力ではアイツには勝てなかった....)


そこまで考えたところで、ベッドの上のユーリに反応が見られた。ユーリは静かに目を開けると、やはり周囲を確認する。そして視界にノアを捉えると、飛び起きて回し蹴りを放った。


それを左手で掴んで止めると、すぐに足を引き、今にも飛びかからんばかりにノアを睨みつける。


「落ち着け。俺は敵じゃない」


宥めようとするも警戒を解く素振りを見せない。お互いに睨み合っていると部屋のドアが開き、アリシアが姿を現す。


「何か凄い音がしましたが大丈夫ですか!?」


ユーリの蹴りの音が余程響いていたのか慌てて入ってくる。


「ユーリ!起きていたんですね!」


そう言ってユーリに抱きつくアリシア。アリシアがいるとわかって心なしか表情が柔らかくなっているようだ。あまり表情を顔に出さない性格なので中々気持ちが読み取りずらい。


「誤解だった。.....ごめん」


言葉少なにノアに謝罪を告げる。表情は読めないが恐らく心から謝っているとノアは推測した。そうでもしないと余りの無表情さでこちらが居た堪れない。


「大丈夫だ。無理もないだろ。ただでさえ毒を喰らったんだから」


一応の気遣いを見せる。普段からの様子ではあまり想像できないがノアは基本、怪我人病人には親切なのだ。


「貴方が私達を助けてくれた....ありがとう」


礼を言われたノアは軽く頷いてそれに応えると、部屋を出てリビングに座っていたイリスとエリュンハートに声をかける。


「ユーリとやらが目を覚ましたぞ。あと俺は少し出かけて来る。ああ、もしアイツに何か食べる物をつくるなら食材は好きに使って貰って構わない」


「本当か!?ありがとう。感謝する!」


イリスは部屋に駆け込んで行き、エリュンハートはぺこりと会釈して部屋に入って行った。それを見届けてノアは家を出ていった。





♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢





家を出てノアが向かったのは毎度お馴染み崖の上のエイプの村だ。ここに来たのは曲がりなりにもお世話になったマスラオウ達に挨拶をするため。ほんの数週間前に大怪我をして迷惑をかけたばかりだが、こればかりはノアにも譲れない。そのため出発よりもかなり早めに挨拶をすることにしたのだった。


村の門を顔パスで通り、一直線にマスラオウの住処に向かう。部屋の前につき、ドアをノックする。


「入れ」


ドアを開けて中に入ると、中にはマスラオウの他にもリキとアンリがいた。どうやら昼間から酒を飲んでいたのをアンリに見つかって怒られていたらしい。


「なにをやってんだお前らは.....。まあいい。3人ともいるなら好都合だしな。単刀直入に言うが俺はそろそろこの森を出て行こうと思っている」


「そうか。やっと出ていくのか」


「寂しくなるわねえ」


「元気にやれよ」


そう告げるも3人は大して驚いた様子もなくノアに声をかけた。


「なんか.....淡白だなおい」


じとりと3人に目を向ける。


「どうせいつか出て行くと思ってたしな!」


「そうそう!黒竜も倒したでしょう?」


「目的も達成したんだしお前がこの森に留まっている理由はないからな」


上からマスラオウ、アンリ、リキの順で理由を述べる。それは至極真っ当なもので、反論の余地もない。


「うぐ....。確かにそうだけどさあ...もっとなんかこうさあ!あるじゃん!なんか!」


「まあ...あるとすれば一つ頼みがある」


真面目な顔でマスラオウが言う。


「なんだよ?」


「俺の義娘を見つけて欲しい」


「お前義娘なんていたのかよ!?初耳なんだが!?」


「そりゃ話してないからな。紅髪、赤目の女だ。見つけたら俺が探していたと言ってくれ。連れ戻して欲しい訳じゃねえ」


「はあ。まあいいけどさ。てことはその子が俺とマスラオウの他に闘気色を発現させた子ってこと?」


「ああ。アイツは俺と同じ緋色の闘気を纏うから見つけたら直ぐに分かるはずだ。あとお前が「子」って呼ぶほどの年じゃないぞ。今なら恐らく.....17歳くらいの筈だ」


「17歳、緋色の闘気ね。ていうか名前は?」


「名前はカグヤっつうんだ。よろしくな」


「任せろって。確実にその伝言届けてやるよ。大船に乗ったつもりで待ってろ」


そう言ってニヤリと笑う。


「マスラオウは言わずもがな...リキとアンリも元気でな。お前らの子供を見にまた帰ってくるからさ」


「ああ。お前もな。ついでに聞くがいつ出発するんだ?」


「ん〜。一週間以内には恐らく」


「そうか。あと村の鍛治職人からこれを預かっている」


アンリが取り出したのは黒竜の革で作られた装備の数々と美しいロングソード。


「最高傑作だってよ。よっぽど素材が良かったらしい」


「着てみてよ!絶対似合うから!」


アンリにそうせがまれるので、装備を身につける。黒竜の革でできたインナー、ズボン、ブーツ、コートを着て、腰のベルトに剣を差す。全身真っ黒だが、不思議とノアに馴染んでいる。


「わあー!すごい滅茶苦茶似合ってるよ!」


「その剣は黒竜の牙と神鋼オリハルコンを使用して作られてるらしい。前のが折れたから今度は絶対に折れないようにしたってよ。魔力を通すことで切れ味が良くなる上に魔法の発動を促進できる「魔剣」の性質も持ってるってよ」


「属性は?」


「風、水、闇の三属性だ」


「なるほど....いいね。俺の属性にも合ってる。重宝させて貰うよ」


剣と装備を受け取ったあと、少しリキ達と話をして知り合いのエイプに森を出ることを告げて村を出る。来た時はお昼どきだったが、もう太陽はとっくに沈み、夜が訪れている。急いで帰らなければ、と思いながらノアは夜の森を駆け抜けるのだった。

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