第27話 模擬戦

ノアとイリスは家を出た所にある庭で、木剣を手にして向き合っていた。


それを観戦しているのはおろおろとイリスを心配しているアリシアと、どこか見定めるような目をしているエリュンハートだ。


アリシアとエリュンハートがいる所には魔力結界が張ってあり、流れ弾やなんらかの被害が被らないようにされている。


安全が確保されていることを確認した後、木剣を構えたノアが口を開く。


「なんらかの方法で相手を気絶、ないしは降参を宣言させた方の勝ち。殺すのはおろか致命的な怪我を負わせるのも禁止だ。OK?」


「無論だ。では正々堂々と」


「ああ。わかっている」


ルールを相互に確認し合い、イリスは騎士らしく木剣を構える。対してノアはほとんど自然体に近い態勢で木剣を持つ。


「この石が地面に着いたら開始だ」


足元に落ちていた石を拾い上げ、上に放り投げる。石は放物線を描き地面に吸い込まれていった。


石が接地した瞬間、2人はほぼ同時に踏み込み木剣を振るう。


事前に[解析]したところ、イリスのスキルは

[聖騎士パラディン]だった。攻守共に長けている有用なスキルだ。まさに護衛向きのスキルといっていいだろう。


(ユニーク級のスキルであり、所持していれば騎士団への入団が推薦で決められる——と、いつか読んだ本に書いてあったな)


ノアは全身の運動能力を[身体強化]で底上げし、イリスは[聖騎士パラディン]の権能で身体を強化する。ぶつかり合った木剣がギシギシと軋んでいる音が聞こえ、その衝撃から突風が吹き荒れる。


(膂力はほぼ互角....。なら次は純粋な剣術で)


(重い![聖騎士パラディン]が発動していてもこれか!)


両者が一旦距離を取り、高速の剣戟が始まる。ノアの剣術は我流で掴み所がない。対するイリスは型にはまった騎士らしい真っ直ぐな剣術を駆使して切り結んでいる。


一見イリスが押しているように見えるが、その実ノアは全ての剣筋を見切って完璧に捌いている。


(そろそろ攻めるか)


ノアが剣を振るうスピードを上げる。突然変化したノアの動きにイリスの動きが少し乱れ、ここぞとばかりに魔法を使ってイリスを追い詰めていく。使っているのは魔力弾のみだが、高速戦闘においてはそちらに気をとられるだけで致命的な弱点になり得る。相手がノア程の剣士であれば尚更だ。


流石に分が悪いと判断したのか[聖騎士パラディン]の権能を発動させ、自らの周囲に光の盾を創りだした。魔力弾は創り出した光の盾で防ぎ、木剣は木剣で弾いて対処していく。


攻撃を捌けるようになったことで余裕が生まれたのか口元には薄く笑みが浮かんでいる。このまま魔力弾を防ぎ続けられればどこかで魔力が切れると見越してのことだ。


だが、それを実行するには相手が悪すぎた。ノアの魔力量ならば、イリスが光の盾を維持できなくなるまで続けることも可能だろう。

しかし——


(俺の魔力量は正直言って異常だ。出来れば知られるのは避けたいしここらで魔力弾はやめておくか)


人並み外れた魔力量を隠すため、最後に大きな魔力弾を放って魔法を使うのをやめる。大きすぎる魔力弾は防ぎきれないと判断してイリスは後方に飛んでそれを躱す。魔力弾は地面に激突し、粉塵を巻き上げる。


ノアは常套手段である砂埃を使ってイリスの視界を潰し、[神速]でイリスの背後に向かう。それを読んでいたのかイリスは後ろに向かって木剣を振るった。


が、そこにノアの姿はない。ノアがいないことに目を見開くも、首筋にノアの木剣が突きつけられている。


ノアは[神速]を発動させて背後に回り込んだのではなく、相手に残像を見せる「幻桜」を使って堂々と正面から切りかかった。見事イリスはそれに騙され、ノアに敗北してしまった、ということだ。


「俺の勝ち、でいいんだよな?」


「ああ。悔しいが完敗だな。私が盾を出したときには既に貴殿の策略にはまっていたのだろう?」


ノアは無言で首肯する。






それを遠くで見ていたアリシアとエリュンハート。


時は遡り、模擬戦を始めた頃のことだ。


「すごい....イリスの攻撃を全部防いでる」


「ええ。確かに凄まじいまでの剣術ですね。それに加えて動き回っている中で正確に魔力弾を相手に当てるコントロール....近衛騎士でも相手にならないとは」


(それになんて精密な魔力操作!戦っているのに魔力の揺らぎがほとんど見られない。だから、いつ魔法を発動しているのかも察知することができないんですね。同じことが私にできますか?いや、不可能でしょうね。私ではあんなに魔力を美しく操れない)


アリシアと模擬戦の感想を言い合いつつも、エリュンハートはノアの戦力に対する考察を進めていく。この中で敵の戦力分析が得意なのはエリュンハートだ。相手の強さを計測し、戦闘をするか撤退するかを決めるのも彼女の役目だった。


数多の戦士を見てきたエリュンハートでも、ノアの剣術や魔法はおかしい。それを12歳の少年が行っているのだからそれは異常事態でしかないのだ。その上、ノアはまだスキルといったスキルを見せていない。魔法と剣を同時に使っていることから、[魔剣]スキルではないかと予測を立てるも確証には至らなかった。




そして時間は模擬戦が終わった時に戻る。


一言二言イリスと模擬戦についての意見を交わしたノアは、木剣を片付けてもう一度庭に戻って来ていた。戦闘で荒れた庭を魔法で元に戻すと、アリシア達に向き直る。


「先に家の中に戻っていて構わないが?」


そう、一応の気遣いをかけると、イリスがおもむろに口を開く。


「ノア。アリシアの護衛に加わってくれないか?」


「はあ?」


突然、護衛を依頼される。


「ち、ちょっとイリス!?何を言ってるの!?」


アリシアが狼狽してイリスに真意を問い詰める。エリュンハートも同様だ。


「急に何を言ってるのよ?」


「別に何もおかしなことは言っているまい?我々よりも遥かに強いノア殿がいれば姫様の安全は格段に上がる。護衛として不甲斐ないが私達だけでは守り抜けるやも分からないからな」


「そ、それはそうだけど....だからって急にそんなこと言わなくても....」


「今だからこそ言うのだ。どうだろうかノア殿?」


めげずにもう一度ノアに問いかける。それに対するノアの返答は——


「.....少し考えさせてくれ。そんな直ぐに結論が出ることでもない」

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