第26話 王女

家に辿り着いたノアは、間を置かずシャドウスパイダーの解毒に取り掛かった。今でこそノアは食らっても大丈夫だが、常人ならば数時間で死に至るほどの猛毒だ。早く解毒するのが正解である。


一通りの処置を終え、傷口を回復薬で癒した後ノアは客人を待たせているリビングに戻って来た。


「解毒には成功した。だがかなり傷が深かったから全力で運動できるようになるまでには数日かかる」


経過を報告すると目に見えたように安堵のため息を漏らす。


「本当にありがとうございます。あなたがいなければユーリは....」


「別に礼はいらない。即死するような毒じゃなかったのが功を奏したな」


「でも言わせてください。ありがとうございました!」


そう言って少女は頭を下げる。ノアは照れ臭そうに頬を掻くと露骨に話題を逸らした。


「そんなことよりあんたらの名前も素性も聞いていないんだが....。まあ言いたくないなら言わなくても良い」


「あ!そ、そうでしたこれは失礼を....。では改めまして、アリシア・セオドールと申します!それとこちらの2人が護衛の....」


「イリス・ランベルジュだ」


剣士の女性が後に続いて素っ気なく答える。


「エリュンハート・マグナスと申します。どうかお見知りおきを」


更に続いて魔法使いの女性も名乗る。


言葉遣いからも彼女らの身分におおよその当たりをつけるノア。


「貴女達はかなり高位の身分だよな?別に隠し立てする必要はない。俺はどこの国とも関係を持っていないからな」


遠回しに嘘はつくな、と伝える。そもそも戦闘中に「姫様」と呼ばれているのを聞いてしまったのだから隠しても意味はない。


「お、お気づきだったのですね....。ご推察の通り私の身分はかなり高いです。だからこそ安易に伝えることは出来ないというか...」


「だから関係ない、と言ってるだろう。あんたがどんな身分だろうとどこかに売ったりはしないし態度を変える気もない。目の前でそんなバレバレの嘘吐かれてもこっちの気が滅入るから言ってるんだ」


バレバレの嘘と言われて若干落ち込むアリシア。自分の演技力に自信を持っていたのだろう。


「左様ですか....。ならばまた改めましてセントラス王国第一王女 アリシア・セオドールと申します」


(やっぱりお姫様か。てことは隣の2人は...)


「第一王女直属近衛騎士 イリス・ランベルジュだ」


最初と変わらず淡白に身分を告げるイリス。


「同じく第一王女直属近衛魔法騎士 エリュンハート・マグナスです。それと今、病床についている子はユーリと言います。彼女も我々と同じく近衛騎士ですよ」


(近衛ってことは子爵位以上の身分の筈。かなり若いし才能があったんだろうな。まあそれより第一王女サマがなんで追われていたのかっていう方が気になるんだが......)


「何故私達が追われていたのか、が疑問ですよね。しかしそれは明かすわけにはいかないのです。どうかご容赦を」


「なら無理には聞かないし、ユーリとやらが回復するまで家にいても構わない。....余計なことをしなければ、だが」


「はい!勿論です!」


アリシアが元気良く答える。


「ところで貴方は何者なのですか?まだ名前も名乗っていませんよね?」


迫力のある、有無を言わさぬ笑顔でエリュンハートがノアに問いかける。


(クソ、バレたか。出来れば俺のことは有耶無耶にしたかったんだが)


復讐を誓う身としては自分の生死が相手に知られてしまうのは避けたい。彼女らがどういった交友関係を持っているかわからない以上不用意に情報を与えるのは悪手と言わざるを得なかった。が、そこを問い詰められたのなら答えないのも不審に思われるだろう。何か正体を明かさないやましいことでもあるのか、と。


「俺の名前はノアだ。よろしく」


「それだけでは質問の答えにはなっていないかと。もう一度聞きますが貴方は何者ですか?」


(コイツ.....。どうしてもそれを聞きたいのか)


「ただの多少戦闘が得意な一般人だよ。この森に住んでいる以上強くならなければいけなかっただけだ」


「なるほど....」


無難な理由をつけて返答するもエリュンハートはそう頷いて少し考えるような素振りを見せる。


(まだ信じていないみたいだ。警戒心が強いな。まあ....本当のことだし)


「そう言えばノア様は何歳なのですか?」


正面に座っているアリシアに尋ねられ、ノアは一瞬嘘を吐くべきかと考える。知られても問題ないと思い、実年齢を言うことにした。


「確か今年で12歳だ」


「ええっ!?私と同い年ということですか!?」


アリシアが大声を上げて驚く。先程まで考え込んでいたエリュンハートでさえも思考するのをやめてノアの方をぽかんと見つめている。唯一驚いていないのはイリスだ。普段から剣士としての訓練に精を出しているイリスは、骨格や筋肉のつき方からおおよその年齢を割り出すことが可能であり、ノアの年齢もある程度の予想はついていたのだろう。


アリシアが驚くのにも無理はない。ノアは年の割には落ち着きすぎているし、戦闘能力も年上である近衛騎士を翻弄するほどなのだ。これで12歳です。なんて言われれば誰しも驚愕を禁じ得ないだろう。


そんなこんなでアリシアからの質問に答えていると、突然イリスから声がかかる。


「貴殿はどれだけの戦闘力を有している?」


「どれだけ、というと?どこまでのランクの魔物を倒せるのかという意味か?」


「いや違う。対人戦においてどれだけ動けるのか、ということだ」


「それはさっき自分で思い知ったんじゃないか?」


皮肉も込めて質問に答えるが、伝わっているのかいないのかなんの反応も見せずに言葉を続ける。


「いいや。あの時貴殿は我々に対してまともに攻撃しようという意思が見られなかった。殺気を感じなかったからな。それゆえできることならば私ともう一度戦って欲しい」


(よく見ているな。確かにあの時殺す気で攻撃したことはなかった)


「.....それをして俺になんのメリットがある?既にお前達の頼みを一つ聞いてやっているんだぞ?」


「厚かましいというのは承知で言っている。どうか手合わせを受けてくれないか」


既に頼みを聞いたのだからもう要求を聞く気はまったくといってなかった。これ以上深く関わるのもノアとしては面倒くさい。だが、真摯に頼まれれば断れないというのがノアの性。不承不承ながらもこの頼みを受けることにしたのだった。


「わかった。いいだろう。やるなら外に出るぞ。さっさと準備をしろ」







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12歳にしては肝据わりすぎだろコイツ....

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