第15話 一年後

ノアがマスラオウのもとに来てから一年の月日が経った。


マスラオウがノアに課した鍛錬は宣言通り多岐にわたるものだった。


最初の数ヶ月で行ったのは基礎トレーニング。腹筋や背筋、腕の筋肉は言わずもがな足腰も重点的に鍛えた。もちろん走り込みなどによる体力づくりも欠かしていない。中でも森での走り込みは特段きつかったと言える。木々を避けて走っている最中に、エイプ達が襲いかかってくるのに加えて落とし穴などの罠まであるのだ。このせいで常にノアの体には生傷が絶えなかった。


これらのトレーニングも辛かったが、大変だったのはここからだった。


まず、マスラオウ達が修めている「天進流」の技や稽古をするのに欠かせない「闘気」の獲得から始まった。


「闘気」とは、魔力と似たような慮外の力のことだ。この二つの決定的な違いは、どこに力の重きがおかれているか、である。


魔力ならば、炎の球を撃ったり、風の刃を飛ばしたりと、体内で 属性変換→放出 の手順を辿ることが多い。


それに対して闘気で重要なのは、いかに高密度の闘気を練ることができるか、なのだ。魔法にも身体強化のように魔力を纏うものはあるが前にも述べた通り効率が悪い。

しかし、闘気は放出がしにくい代わりに自身の強化を前提としたものなので、魔力よりも自己強化の面では遥かに効率が良い。


この「闘気」の習得に要したのは三ヶ月。この二つの過程だけで半年を費やしたことになる。


「闘気」の習得には「自分自身を認知し、己の闘志を纏う」といったような説明しかなかったので、感覚を掴むのに時間がかかった。


闘気が使えるようになってからはひたすら天進流の技の稽古だ。驚いたことにマスラオウの天進流の武技は、スキルの域にまで昇華されていた。どれだけの年月を経て修行を積めば「技」が「スキル」になるのか。それだけで今までマスラオウがどれだけの修練を積んできたのかがわかる。


天進流の稽古ではノアは目を見張るような成長速度を見せた。剣術や魔法では神童とまで呼ばれていたのだ。本気で取り組めばぐんぐんと成長していくのは当然のことだろう。


もう忘れてしまったとは思うが、ノアのスキル[叡智のメーティス]は相手を殺すだけではなく、条件を満たすことでもスキルを手に入れることが出来る。

マスラオウのスキルをコピーするための条件は


_________________________________________


個体名 マスラオウの修行を乗り越え、彼に認められること


_________________________________________



だった。


これを達成するためには修行を乗り越える必要があるが、それはこの一年で達成したと見ていいだろう。問題は後半の認められることである。


だが、これに対しても既にノアは手を打っている。実行されるのは明日だ。そのため、今は魔物を狩りに崖の下に降りていた。


「っと。今日はこんなもんかな。明日もあるしそろそろ戻るか....。」


飛びかかって来た最後の赫狼を切り捨ててノアはそう呟く。辺りには何体もの赫狼や赤熊の死体が散乱している。全てノアが一人で倒したものだ。それに反してノアの体には血の一滴さえも付着していないことからノアの実力がどれだけ上がったのかが窺える。


「皮を剥いで要らないとこは捨ててさっさと帰ろう。随分散らかしちゃったから片付けんのが大変だよ....。」


そう言って死体の処理をするとすぐに走り出し、エイプ達の里へ向かって行く。崖を登るとそこには一番の友人であるリキが待っていた。


この一年でリキは所帯を持っていた。もうすぐ子供も産まれるそうだ。


「まったくお前はいつまで魔物を狩っているつもりだ?明日はもう決闘の日なんだぞ?早く休むようにしろと何度も言っているだろうが。」


「ごめんごめん。思ったより狩りが捗ったし明日のために調整もしておきたかったしな。」


「.....準備は整ったのか。」


「もちろん!明日は面白いもの見せてやるから楽しみにしてろよ!」


「ならいいが......はぁ〜。にしても実力を示すためにボスに決闘を挑むとはな....。お前の破天荒ぶりには驚かされてばかりだよ。」


そう、先程述べた条件を満たすための手段は、決闘に勝つことだ。脳筋的な思考だが、最も簡単で効果的でもある。そして決闘の日は明日、今日ノアが狩りに出かけたのはそのためでもある。


「そんな褒めるなって。まあ明日に関しては....勝つよ俺は。いや、勝たなきゃいけない、かな?」


「.....そうか。ならもう文句は言うまい。全力でぶつかって砕けて来い。」


「いや砕けちゃ駄目じゃねえか!」


そんなたわいもない話を数分してリキと別れる。


家に帰るとすぐに布団に入り、眠りにつく。


明日こそがこれまでの修行の一時の終着点であり正念場だと自分に言い聞かせながら。


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