第13話 マスラオウ

ノアは試験を担当していたエイプ——リキというらしい、に連れられて崖の上にあるエイプ達の居住区を歩いていた。


彼らのボスは一番高い所にある円形の建物の中に住んでいるらしい。


基本的にエイプ達は木の上に住処を作る。人間で言う所のツリーハウスのようなもので、重要な部分にはどうやって作ったのか貴金属が使われている所もある。


(金属があるってことは鍛治の技術があるってことか?ここで暮らしているエイプはよっぽど発展してるな...。俺が話に聞いたのとは大違いだ。)


「家には金属も使われているんだな。どうやって手に入れたんだ?」


「ここに住んでいる鍛治師が必要な分の鉄鉱石を取って来て加工している。」


「鍛治の技術は誰から教わったんだ?元から鉄鉱石を加工するのにも設備が必要な筈だが...。」


「我々に鍛治の技術を教えたのは天進流の師範代様と同一人物だ。名はジゲンという。お前が知っているかは知らんが、このお方が我々のボスに天進流を伝えたのだ。」


「ジゲン!?それって...!」


「知っているのか?」


(知ってるも何も今生きてる人間の中で知らない奴はモグリだろ!これまで5人しかいないSSランク冒険者の1人だぞ!?)


そう、これまでの人類史上の中でSSランク冒険者はたったの5人しか存在しない。その内の1人であるジゲンは既に死亡しているが、他の4人はまさに生きる伝説だ。王都に行けば天候を操るだの海を割っただの様々な武勇伝が飛び込んでくる。


SSランク冒険者 ジゲン


またの名を  天砕


その拳は天を砕き、地を割ると称される紛うことなき人類最強の一角である。そのジゲンに教えを受けたのならくだんのエイプのランクがSということにも合点がいく。


「あ、あぁジゲンって言ったら人間の方ではかなりの有名人だよ。所謂 人類最強って奴だ。」


「そうか...。あの方はやはり人間の中でも頭角を表していたのか....。」


心なしかジゲンの活躍を聞いて上機嫌にも見える。師範代のことを聞けて嬉しいのだろう。そんなことを考えているとボスの住んでいるという建物にたどり着いた。


「ボスの前で無礼を働くなよ。周りの奴らが黙っていないからな。最初は敬語を使ったほうが良い。」


リキの忠告に頷き返すと、そっと気を引き締める。


そしていざ対面、とドアを開ける。


すると目の前に酒瓶が猛スピードで飛んでくる。いや、大きさからして突っ込んで来るというほうが正しいだろう。人2人分ほどの酒瓶だ。当たれば大怪我間違いなし。


しかしこんなことで焦るノアではない。赤熊に比べれば容易いものだ。落ち着いてスキル[豪脚]を発動、思い切り酒瓶を蹴り上げ、瓶を粉々に砕く。


恐らく今のは試験の続きなのだろう。リキは元からわかっていたかのように避けたし、他のエイプは俺が対処できないと思っていたのだろう。破片が顔の横に突き刺さっているのを見て驚いている。


それを見てざまぁみろと思うが、それよりも部屋の中央に座る大猿に目が吸い寄せられる。


5mを超えるであろう巨体に、引き締まった肉体、額についた十字形の傷がその獰猛さを示しているかのようだ。この大猿が以前ノアが出会い、大敗を喫した相手。


エイプ達の長

猿王、マスラオウである。


「ひっさしぶりだなぁ!ノア!お前が俺に喧嘩売って以来か!?あれから少しは強くなったみてぇじゃねぇか!」


「はい、お久しぶりです、猿王よ。此度は是非あなたに——「やめろやめろ!!なんだその喋り方は!最初みてぇに普通に話せ!気色悪い。」


(えぇ〜?これいいのか?普段通りで?あっ!リキの野郎目を逸らしやがった!お前が言ったんだろうが!ええいどうとでもなれ!)


「わかったよ。普通に喋っていいんだな?」


「あったりまえだろ?お前は俺が認めた戦士だ。俺が誰にも文句は言わせねえよ!」


マスラオウがそう言うと、ノアが喋り出したときには不服そうな顔をして唸っていたエイプもすぐに静かになる。


流石は猿王 と思い話を進める。


「前 約束した通りあんたに教えをこいに来た。ルール通り力は示した、だから俺に武術を教えてくれ、この通りだ。」


そう言うとノアは地面につくほどに頭を下げた。どんな相手でも何かを教わるのならば礼儀をつくす、というのがノアの自論だ。


「......頭を上げろ、武術を教えることは別に構わねえ。だがその前に一つ聞いておきたいことがある。

...お前は何のために力を求める?」


先程までの人の良さそうな雰囲気とは一変し、辺りは重厚なオーラで埋めつくされる。

周りのエイプでさえもこれには恐れ慄く中、ノアは平然と答えをつげる。


「俺が力を求めるのは復讐のためだ。」


これはたしかに復讐の物語だ。家を追放されたから。ただそれだけではない。母は殺された。一般には病死となっているがノアは知っていた。父がそう話しているのを聞いたからだ。


自分が弱かったから母は死んだ。あの時自分が有用なスキルを持っていなかったから彼女は死んだのだと、そう今まで自分に言い聞かせて来た。だからこそ——


「——だがそれ以上に誰にも大切なものを奪われないために、それを守り切るために、俺は何者にも侵されないほどの圧倒的な力を求める....!」


ノアも先程とは違い、冷酷な雰囲気を醸し出す。


このとき、マスラオウは確かにノアの希薄に気圧された。齢9歳の少年に数十年を生きてきた猿の王が圧されたのだ。


マスラオウは冷や汗をかきながらもノアに声をかける。


「....お前の覚悟はよーくわかった。なればこそお前に修行をつけてやる。猿王の名においてお前がこのエイプの里に滞在することを認める。」


打って変わって冷酷な雰囲気をおさめたノア。


「本当か!ありがとう!」


「礼には及ばねえよ!せいぜい励めよ!」





こうしてノアはエイプの里で修行をすることが決まったのであった。





_________________________________________


ノアの母親についてはまたいつか....。

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