第17話 黒髪には白ワンピ

 レディースコーナーの試着室を前に、俺は悩ましげなため息をつく。

 野郎のため息ほど誰得でもないものもないとは思うのだが、状況が状況なので許してほしかった。


「なんでこうなるんだ……」


 軽く通信状況を確認したかと思えば、泉は春物シーズンのレディース服を可愛く着せられているマネキンを見るや、彩を誘って片っ端から服の試着を始めてしまった。

 果たして、女装男子がレディースコーナーの服を試着するのはギルティーなのだろうか。

 そう哲学的な難問に悩みながら、服を選んでいる二人を見ていると、泉が彩から離れてこっちにやってきた。


「ふふ、難しい顔をしているね。思うに僕がレディースコーナーの服を着るのは許されるのか、とでも考えているのかい? 安心したまえよ。かごを見たまえ、僕はのがポリシーなのさ」


 そう耳元で小さく優しげなハスキーボイスで言われたものだから、俺は思わず体を震わせる。

 

「お前、わざとだろ」


 そう、泉に指摘すると、泉が近くから消えたことに気づいた彩がこちらにやってきた。


「ちょっと、私の前でイチャイチャしないでくれないかしら」


 彩にジト目でそんなことを言われたものだから、俺はとっさに否定するために口を開く。


「いや、別にそんなこと」


 俺が否定するためにそう声に出すと、泉は被せるように言った。


「せっかく男の子がいるんだから、私と彩さんに似合いそうな服を選んでもらおうかと思ってさ」


 その言葉に、きっと彩は断ってくれるだろうと思い、そちらを見ると、彩は満更でもなさそうにうなずく。


「そうね、せっかくだから傑のセンスを見てみましょうか」


 いや、工業高校生に女の子の服を選べるだけのセンスがあるはずなかろうに、とは思ったが、有無を言わさずといった泉の笑顔に俺はしぶしぶ頷いた。



 俺が、悩みに悩んで選んだ服を二人に渡すと、泉はよく見ないと気づかないほど小さく広角を上げて言う。


「これは、すーくんの趣味なの? ふーん」


 泉はそう言うと、横に立っている彩を見た。


「女の子の服を選ぶときに二人に同じデザインの服を渡すなんて随分と挑戦的なことをするわね」


 そう言われて初めて自分の過ちに気がついた。黒髪に合いそうな服と言って、思い浮かんだのが白いワンピースしかなかったのだから許してほしい。


「いや、別に二人を比べようとかそういう意図は一切ない」


 そう、弁明するも、彩はジト目でこちらを見てくる。


「それに別に悪くはないんだけど、普段から着るには少し勇気のいるチョイスね。まあいいわ」


 彩はそう言うと、そのまま試着室に入る。


「じゃ、私も着ちゃうねー」


 泉もそのあとに続いた。



 しばらくして、試着室から出てきた二人を見て俺は言葉を失った。

 黒髪には白ワンピというあくまで俺の中の持論でもって選んだ服であったが、想像以上だった。

 黒髪ロングと黒髪ショートの清楚な感じを白いワンピースがさらに上のステージへと押し上げている。

 片方は男だという思い出したくない真実に目をつぶれば、文句のつけようがなかった。


「おかーさん、芸能人さんがいる!」


 通りがかった小さな女の子が二人に指を指して言っているのが、客観的に二人の容姿の素晴らしさを証明していた。


「えっと、ありがとう?」


 彩がなんと答えればいいか迷ってそう答えると、その女の子と手をつないでいた母親はお似合いですねと言って去っていく。


「えっと、ふたりともすごい似合ってると思う」


 俺が、何かを言わねばとそんなありきたりな言葉で褒めると、


「ふふ、ありがとう」


 泉はそう言って微笑む。その可愛さに俺は思わず翼さんって彼氏いるのかなと現実を逃避していると、彩が試着室に戻ってしまっていることに気がついた。

 正真正銘の女の子である彩のワンピース姿をもう少し見たかったと思いながら、二人がもとの制服姿に戻るのを待っていると、しばらくして二人は出てきた。


「それで、泉はそれ全部買うんだよな」


 ノリノリであちこちの服を試着していた泉だったので服はかごいっぱいになっていた。収入は桁違いとはいえ、女装するときにしか着ない服をよくこんなに買うなあと思い、姉がいた事を思い出す。

 きっと、この内の殆どは翼さんが着るのことになるのだろう。


「彩はなにか買うものあるのか?」


 彩も割とたくさん試着していたので何を買うのかと思って、かごをチラリと見てみると、かごの中に俺が選んだ白ワンピが入っている事に気がついた。


「それ、買うんだな」


「別に、気が向いただけよ」


 彩はそう言うと、さっさとレジの方に向かっていく。


「あれ? 不審メールの調査のはずが、どうしてかカフェ巡りとショッピングになっちゃったよ」


 そうひとりごちながらも、まあ、黒髪の女の子が白ワンピを着てくれるなら、それはそれでいいかと思い直す。


「次は一体どこへ調査へ行く羽目になるんだろうか」


 そう口に出しても二人はレジへ行ってしまったので答える人は誰もいなかった。

 

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