第6話 妹ちゃんに頼み込もう
俺は自室から、一階まで降りると、リビングの入り口で立ち止まった。
「
リビングなので特に声をかけずとも構わないのだが、俺はそんな声とともにリビングのドアを開ける。
「あ、ふぉにいちゃん」
梓は、先程までいた幼馴染と食べていたのであろう、クッキーのあまりをリスのように口に詰め込みながら可愛いらしい顔をこちらに向けてきた。
「あのな、もう来年には高校生なんだから、もう少し女の子らしく」
呆れた口調でそう指摘すると、妹はさして大きくもない胸を張りながら、言った。
「お兄ちゃん、私は外面がいいからね! 外じゃこんなことしないの。お兄ちゃんみたいに、仲がいい幼馴染と喧嘩して、そのショックで男子校に行っちゃうほどヨワヨワじゃないの!」
梓は、自慢にもならないことを言いながら、的確に俺のHPを削るような言葉をかけてきた。
「胸を張っている所悪いが、外面が良いって別に自慢じゃないからな」
「そうなの?」
「そうなの」
俺がそう答えると、梓は納得した顔をして言い直す。
「じゃ、私は八方美人なのさ!」
「本当にそうなら、それは社会でうまくやってけるだろうな。それと、俺は男子校じゃなくて工業高校に通ってるの。絶滅危惧種並には女子生徒もいるからな」
そんなくだらない返しをしながら、本題に入るように、続けた。
「それで、梓。ちょっと頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」
「うん? お兄ちゃんならなんでも自分でできそうなのに、なにか私に頼みたいことでもあるの? あ、もしかして
梓はそう言って、嬉しそうな顔をこちらに向ける。
「いや、彩のことじゃない」
俺は、そう言って、久しく口にしていなかった幼馴染の名前を口に出す。
「ふーん、まあいいけど、彩ちゃん、商店街の宣伝ビデオの舞台にもなったおしゃれな私立高校に通ってるんだし、お兄ちゃんは頑なに会わないから知らないかもしれないけど、すごい美人さんになってるんだから! 彼氏できちゃうかもよ? 後悔しても知らないからね!」
梓はそう言うが、俺だって彩が美人になっていることは知っていた。できるだけ会わないようにはしていたが、家が隣じゃ時々顔を合わせることぐらいある。
「商店街の宣伝ビデオってそれおしゃれに関係あんのか……? あ、それで頼みたいことなんだけど」
思わずツッコミかけたが、俺は、話題を断ち切るようにそう言った。
「それで?」
梓もそれ以上この話題で追求するつもりもないようで内容を聞いてくる。
「まず、言わなきゃいけないことがあるんだけど、俺、実は美少女Vtuberなんだ」
俺は、そう言って、目をパチクリさせている梓の顔を見た。改めて見ると、我が妹ながら実に整っている。決して現実逃避しているわけではない。
「あの、お兄ちゃん。聞き間違いかもしれないからもう一回言って」
ああ、なんどでも言ってやる。ネカマVtuberであることがバレてネットリンチにされることや、チチちゃんに会えなくなることに比べたら、妹に白い目で見られることなんか全然ヘーキなんだから!
「お兄ちゃんな、実は美少女Vtuberなんだ」
俺が改めて言うと、梓も観念したのか、具体的なことを聞いてきた。
「それで、芸名はなんて言うの?」
「
「おえー! 最近ちょー急上昇のVtuberじゃん! お兄ちゃん、烏城さんにも会ったりしてるの!?」
周りの人を10人集めて平均を取ったのが自分自身と言うように、梓もかなりのネットの住人である。梓は白い目を今度はキラキラと輝かせて質問してきた。
「烏城は、クラスメイトだ」
俺がそう言うと、梓は女の子が出しちゃいけないような奇声を上げた。
「うひょーーー絶対大人だと思ってた! もしかして実は女の子だったりみたいなボーナスもあったり?」
「いや、男の娘だな」
微妙にイントネーションを変えて答えたつもりだったが、梓は流石に気が付かなかったようで、残念そうに言う。
「なんだ、お友達になれると思ったのに」
「ネット上の生きる伝説を友達にしようとするなよ……」
俺がそう言うと、梓はだってと続ける。
「烏城と友だちになったらネット上で無敵じゃんかー」
確かに泉を仲間にすれば無敵な気がする。
「お兄ちゃんも烏城パワーで美少女Vtuberになったんでしょ」
「いや……確かにそうではあるんだが」
俺が歯切れ悪くそう言うと、梓はまさかというように叫ぶ。
「もしかして、お兄ちゃん、あれ地声なの!? マジ?」
その通りであったので俺は肩をすくめる。
「確かに、お兄ちゃんの声、男の人にしては高いけど、ほんとにあの声が出るの?」
実の妹にさえ疑われるほどの俺の女声であったので、俺は信じてもらうために、美鈴咲の声を出す。さっきまで配信していたのでアップも必要ない。
「梓さん、こんばんは!」
「うひょーーー!」
妹は驚きでまたもや女の子が出しちゃいけない声を出す。
「これで信じてくれたか?」
「うん、流石にこれは信じざるおえないよ……。絶対中身はすっごいカワイイ女の子だと思ってたのに、実は自分の兄でしたなんて、私、お嫁に行けないよう」
梓がそう言うと、俺は泉っぽい口調で梓に語りかけた。
「梓、ネットの内容は簡単に信用してはいけない。だからといって現実の出来事が信用できるとは限らない」
「だからって、性別まで疑うなんてできないよ!」
「いや、妹よ、昔からネカマはネットと共に生きてきたんだぞ」
俺が、そう返すと、梓は言う。
「ほんと、私だから大丈夫だけど、お兄ちゃんにスパチャを投げるような熱心なリスナーさんから脅迫状送られても文句は言えないよ」
「それは重々承知してる。でも、俺が、美鈴咲としてリスナーと一緒に楽しもうとする気持ちは本気だぞ」
「それなら、最後までちゃんとリスナーさんたちに夢を見せるんだよ。お兄ちゃん」
「分かってるよ」
俺は、そう答える。実際、VTuberというのは、リスナーにバーチャルな世界で夢を見せたり、VTuber自身が、バーチャルな世界で夢を叶えたりできる職業なのだと思う。俺は、そんな風に思いながら、話題を変えるように続ける。
「ああ、それで、お願いのことなんだが、俺の代わりに美鈴咲の中の人としてコラボ相手に会いに行ってほしいんだ」
そう言って梓を見ると、梓は呆れた目つきで俺を見た。
「あのね、お兄ちゃん。コラボの打ち合わせなんてネットでもできるでしょ」
「それが、直接会いたいらしいんだ。それに、そのコラボ相手が涙子おねえさんと、チチちゃんなんだ」
俺が、そう言うと梓はまたまた女の子が出してはいけないような声音で答えた。
「なんですとぉ!」
「気になるだろ?」
興奮している梓に俺はそう訊ねた。
「理性と道理がだめと言っているのに、気になる。涙子おねえさんとチチちゃんの中身が気になるよう」
梓は数分前の俺と全く同じようにのたうち回る。兄妹で顔が似ている分、同族嫌悪のあの感じがなんとも言えない感覚をもたらしてくる。
「わかったよ。それなら私も協力するよ」
梓のその言葉とともに俺は妹と硬い握手を交わした。
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