第2話 入学式

 さて、なぜ俺が工業高校に進学して、いわゆるバーチャル美少女受肉というものを果たすことになったのかというと、その理由は高校受験にあり、その後の入学式の午後にある。


「いない……?」


 入学式を終えて、クラスごとに教室に案内されたあと、俺は自分の席からクラスを見回してそうつぶやいた。入試は学科ごとに行われたはずだったのであの少女がこの学校に入学したとすればこの教室にいるはずだった。


「結局、女の子っていうのはそういうものなのさ」


 約束をしても破られる。それがこの世の心理。わかっていたじゃないか。俺はそう自嘲するようにつぶやいて、ため息をつく。

 そんな風にまた教室の外でも眺めていようとしたときだった。

 自分の隣の席の男子が俺の前に来た。挨拶かと思って顔を上げると、男子高校生としては珍しく長めの髪を後ろで縛っていて、異常なくらい綺麗で中性的な顔つきをしていることに気がついた。


「ちゃんと来てくれたようだね」


「え?」


 覚えのあるハスキーボイス。俺の心臓は気づいてはいけないナニかに警告を発するように素早く鼓動した。


「最近の高校の願書は性別欄がないんだ。だから僕は姉の制服を拝借して高校受験をした。元々名前が男でも女でも通用するのだから誰も疑わなかったよ」


「全く面白いよ、こうやって受験していたはずの少女がいなくなって、受験していなかったはずの男が一人、教室に紛れこんでいても誰も気づかない。面白いだろう。人間って」


 少年は、俺が恋に落ちた少女の面影のある整った顔を微笑みで彩りながら言った。


「脳が認めるのを拒んでいるかのように呆気にとられた顔をしているね。そうだ、いまいち信じきれない君のために僕があのときの美少女だったことを証明するよ。あのときの質問の返事をしよう」


「やめて」


 俺が思わずそう言って止めようとするも、その少女、いや少年は満面の笑みで言った。


「もちろん、わざとだよ……。僕はとても性格が悪いんだ」


 少年はそう言うと、胸ポケットから名刺を取り出した。


「君が知っているかは知らないけど、僕は結構有名人なんだ」


烏城からすじょう


 それは、ネットの海で生きていれば誰でも知っているような名前だった。巨大ネット掲示板0Chで海外のハッカーを相手に数々の伝説を残したり、イラストレータや楽曲制作、どこかの会社の技術顧問までこなす知る人ぞ知るネットの王様。


「冗談だよね?」


 恋した少女が実は男だったという現実を知らされ、そしてその男がネットの生きる伝説であったりしたのだから、既に頭はパンク寸前だった。


「そうだ、これから共犯者になる予定の君には僕の本名を名乗っておこうか。僕は泉楓いずみかえでだ」


 泉は俺の質問を無視するようにそう言うと、憎らしいほど整った顔を向けてこちらの自己紹介を促す。


「俺は、松浦傑まつうらすぐる


 俺は流されるままに自己紹介をした。

 泉は、満足そうにうなずくと言った。


「入学式も入学手続きも午前中で終わりだからね、このあと僕の仕事部屋に来なよ」


 泉はそう言うと、鞄を持って席を立ち、俺にもついてくるように促した。

 俺は、ちらりと泉を見たあと、重い足取りでその後に続いた。



「ここが僕の仕事部屋だよ」


 案内されたのは、雑貨屋の店舗の二階、どうやら雑貨屋の店主が2階を賃貸として貸し出しているようだった。

 外見から内装もボロいのだと勝手に想像していたら、中は思ったよりキレイでとても雑貨屋の二階だとは思えなかった。


「ボロいと思ったのかい? ここは親戚がやっている店だから、リフォームの代わりに貸してもらったんだ。あとで下の雑貨屋も見てみればいいよ。だいぶキレイになっているから」


 泉はそう言うと、靴箱からスリッパを出して、俺の前に置いた。


「松本の4月は時々、冬だと錯覚する寒さになるからね、それを履くといい」


 どう考えても女物のスリッパだったが俺は気にせずに履いた。姉がいると言っていたし、きっとこれも姉のものなのだろう。コイツの場合、自分用という可能性も捨てきれないのが悩ましいところだが。

 スリッパのふわふわした感触を感じながら、俺は、廊下を進んでいき、泉に言われるがまま右手のドアを見た。

 ドアには英語のようで英語ではない、なにやら得体のしれない文字が刻まれている。


「開けろということか?」


「その文言について質問しないのだね。まあいい、開けたまえよ」


 俺は無言でドアを開けるとそこからは猛烈な冷気が漏れ出てきた。


「さっぶ!」


 思わずドアから離れると泉は嫌そうな声音で言う。


「君、電気代がもったいないから早く入れ」


 俺は、仕方ないと腹をくくると、首元を開けていたシャツのボタンを上まできっちり閉めると、部屋に入っていった。


「さて、君はそこの椅子に座ってくれ」


 俺が泉の座っている高そうなアーロンチェアの横にあった事務用の椅子に座ると、泉はパソコンを起動しながら語り始めた。


「僕は、一般的なサラリーマンが一年で稼ぐ額よりも多くを一ヶ月で稼ぐし、稼いだお金は僕が自作した資産運用ソフトで概ね年利7%で運用しているからね。そもそも僕には高校卒業という肩書なんて必要ないのだよ」


 泉の言葉はこの部屋を見れば事実だと分かった。


少し視線を動かせば、最新のグラボが搭載されているパソコンが数台設置されていたし、なんとなく落ち着くくらいの狭い部屋の壁が一面、大きなディスプレイで埋め尽くされていた。その中の一台に着目してみれば、株価や各国の為替が目まぐるしく更新されていてとても人間の目では追いきれないくらいだった。


「それは市販していないけど、どっかの証券会社にでも売りつければ、普通の暮らしをしていれば一生遊んで暮らせるだろうね」


 見ていると、泉はそんな恐ろしいことをさも当然のことのように言った。


「そうそうそれで、僕は面白いことが大好きなんだ。だからこの学生生活を楽しむために変人を探していたのさ。それで高専の入試でモールス信号を発していたし、ここの工業高校でも同じことをした。変人はたいてい理系の人間だからね」


「それで、俺がその変人の代表として選ばれたと」


 女装男子には言われたくなかった。しかも自分はこんな変人に心まで奪われそうになったのだ。


「それで、そんな変人な君になにをやらせたら面白いかを入学式まで僕は考えていたんだ」


 俺は続きを促すように、引き込まれそうなほどに澄んだ泉の瞳を見た。

 泉は勿体ぶるようにうなずくと言った。


「僕は、君に美少女VTuberになってもらいたいと思った」


「へ?」


 俺は、予想外の言葉に思わずそう漏らした。


*作者コメ


あの……。普通に女の子のヒロイン”も”出ます。笑

ヒロイン不在と思われそうなので念の為

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る