第3話 才能の鱗片

「僕は、君に美少女VTuberになってもらいたいと思った」


「へ?」


 俺は、想像もしてなかった言葉にそんな声を発していた。


「そう、あのとき、僕が面白いことをしないかと聞いたときさ、君は呆けたような声でうんと返事をしたね」


 あのとき、俺が恋に落ちたとき、いや、恋に落ちたと錯覚したとき、たしかに俺はそう答えた。


「あのとき、少し裏返った声に僕は君の才能の鱗片をみたのさ」


「才能?」


 俺がそう聞き返すと、泉はしかりとうなずく。

 すると、泉は突然、後ろで結んでいた髪を解くと、男物の上着を脱いで、Yシャツ一枚になった。

 泉は慌てる俺を見て、満足そうに笑うと、あの特徴的なハスキーボイスで言う。


「私、みんなと一緒にゲームをしたいな!」


 それは、俺が惚れた、いや惚れかけたあの黒髪ショートカットのあの娘そのままで俺は思わず、うぐと情けない声を出す。


「僕の声じゃ君は落とせるかもしれないが、好みは分かれるだろうね。少なくとも声だけじゃあね」


 そう言って、泉はYシャツの肩の部分を開けさせる。


「や、やめてくれ!」


 俺が叫ぶように言うと、泉は仕方ないなというように、再び上着を着ると、言った。


「さっき僕が言ったのと同じセリフを君が、羞恥心を捨てて、女の子になったつもりで言ってみてくれ」


 そう言われて、俺はもうやけくそだというように、声を張り上げた。


「私、みんなと一緒にゲームをしたいな!」


 俺がそう言うと、泉は満足そうにうなずいた。


「そんなに女の子っぽいか?」


 自分自身で聞いた声は想像されるような女の子の声よりも随分と低かったように感じた。


「聞いてみろ」


 そう言って、泉はキーボードのエンターキーを押す。すると、ちょうど先程まで株価が表示されていたディスプレイに先程の自分自身の姿が映し出された。


「私、みんなと一緒にゲームをしたいな!」


 その映像にはどう見ても男にしかみえない俺の体からまさしく、男だったら誰でも頬を緩めてしまいそうな女の子の萌え声そのものが出てくる様子が映しだされていた。羞恥に頬を染める自分自身を映して。


「分かった! 分かったからリピート再生にするのをやめてくれ!」


 羞恥心に思わずそういうと、泉はもういいのかいと言って、スペースキーで再生を停止した。


「自分の声は自分の骨を通して聞くことになるからね。現実のそれとは変わるんだよ。どうだい? この君の声を利用して日本中を僕と一緒に騙してみないかい?」


 泉はいたずらが成功した子供のような無邪気な顔でそう尋ねてきた。


「俺は……」


 俺が考えるようにそう言うと、泉はかぶせるように話し始めた。


「この部屋の入口にフランス語が刻まれていたのには気がついていたね。これは、ある有名な大学の言葉なのさ、」


「~Les choses sur cette page sont fictives.~」


 泉はそう流暢なフランス語で言った。


「意味は『このページは架空のもの』さ」


「え?」


 俺は意味不明なその文言にただそう言葉を返した。

 泉はその反応が見たかったとでも言うように言葉を続けた。


「いいかい? ネットの内容は簡単に信用してはいけない。だからといって現実の出来事が信用できるとは限らない。僕はそういう信念で5歳からこの世の終わりのようなネットの世界と現実を生きてきたのさ」


 意味がわからず、困惑していると、泉はある大学名を言った。


「国際信州学院大学」


「そんな大学あるんだね」


 まだ大学受験は先なので大学なんて有名所しかしらないけど、信州なら地元なので選択肢のうちになるのだろう。まあ、工業高校なので就職の可能性もあるのだが。

 俺がそんな風に考えていると、泉はそれでと聞いてくる。


「それで、付き合ってくれるかい? 僕の楽しみに、もちろん、機材も3Dアバターもこちらで用意する。ちょうど、自作したモーションソフトがあるんだ」


 その自作したモーションソフトやらのために後付けで自分の声を理由にされたような気もしたが、泉となにかをやるのは楽しそうだと思った。その直感を信じたいと思った。


「分かった。やる。俺、Vtuberになるよ」


 泉はニヤリと笑みを浮かべると、ペイントソフトを立ち上げた。


「僕はこれでも商業イラストレーターだからね」


 そう言って、見せてきたキャラクターはとても可愛らしい見た目をした小柄な女子高生だった。ベースの黒髪の中に少し茶髪の束が混ざっていてタレ目が甘えてきそうで保護欲をそそられそうだ。


「これは天下、取れるかもしれない」


 そのイラストを見て、そんな気がした。


「そう思うだろ? 僕はこれでVtuber界でも伝説になる」


 泉が握手をするように手を出したので俺はしっかりとその手を掴んだ。



 ひとまず、小物の機材だけをカバンに詰め込んで、俺は泉の家から自分の家へと帰宅した。

 家につくと両親は海外赴任で家には自分と妹しかいないので、ただいまも言わずに、そのまま2階の自室に入る。


「さて、国際信州学院大学ねえ」


 俺は、泉のセリフを思い出して、国際信州学院大学について調べた。


「そんな大学ないじゃねえか!」


 泉の性格の悪さを実感しながら、俺は今後のVtuberの活動のために勉強をしようと、先輩Vtuberについて調べていくのだった。

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