第257話 死神 -DEATH-(3)

「……まったく、大したものですわ」


 フィルルは後門側で通常個体を迎え撃ちながら、ほんの少し時を振り返る。

 隻腕の蟲へ挑んだステラの雄姿を──。


「──やはり、動きが鈍りました」


 隻腕の蟲へと、正面から果敢に突撃するステラ。

 蟲は左前脚の鋭利な鎌で、水平に斬撃。

 先ほど同様、ステラはその初撃を体を低くして回避。

 しかし、そこからは違う動き──。


「せいっ!」


 ──跳躍。

 振り返しの鎌の背が、襲い来る前に跳んだ。

 ステラの目論見通り、かつて右前脚が生えていた付け根へ長剣を埋めこまれた蟲は、体幹を崩してわずかに動きを鈍らせていた。

 そのわずかの差で、ステラの速さが蟲の鎌を上回る。

 空を切った左前脚、その鎌部分の関節「転節てんせつ」が、ステラの剣のすぐ下にくる。

 蟲の背後からその瞬間を、通常個体を一匹仕留めたばかりのフィルルが見る。


(そこですわステラ! その関節を破断すれば、その蟲は無力化!)


 フィルルのその声援が届いたかのように、ステラがぼそりと漏らす。


「……ここではありません」


 ステラの跳躍は、ただの上昇ではなく、──。

 鎌をかわした直後にステラの身が丸まり、蒼い球体となる。

 いまだ名のない、ステラの未完成の奥義。

 高速の回転斬り。

 それが左前脚の肩、基節のつけ根を狙って飛ぶ──。


「欲しかったのは、ここです」


 ──ザシュッ!


 強敵のフィルル、そして師のメグリを苦戦させた、宙を進む回転斬り。

 その上昇バージョンが、隻腕の蟲の左前脚をつけ根から切断。

 脚が先端から落ち、鋭利な鎌が地へ深々と突き刺さる。

 その隣へ降下、着地したステラは、手に握る剣を、鎌の隣へと突き刺す。

 入れ替わりに両手で、主を失った左前脚の基節を掴む。

 その姿、封印されし伝説の魔剣を、大地から引き抜くがごとし──。


「……背に刃を持つ鎌。これでわたしの奥義が、完成に至ります」


 小柄なステラの身の丈を超える前脚。

 それを両腕で抱え上げ、蟲へ向かって駆け出し、跳躍。

 両前脚を失った蟲が胸部を捻り、空しく斬撃の挙動を見せる。

 回転するステラが、再び宙で蒼い球体に。

 その外周で白銀の刃が、日の出を終えて間もない太陽の明かりを反射する──。


 ──ザザザザザザザザンッ!


 巨大なリング状の斬撃武器と化したステラが、蟲の真正面で垂直に上昇。

 のち、蟲頭部の複眼を、それぞれ左右の足で同時に蹴る。

 その反動で後方へと、緩やかに縦回転しながら下降。

 蹴りをきっかけに、蟲の体が縦に左右へと分かれる──。


 ──ビチッ……ミチミチミチッ……パキッ。


 左右へしなるように、蟲の擬態部が乳白の体液を垂らしながら分割。

 そして背中の蠱亜コアが、真っ二つに割れた。

 蟲の正面から、背中側の器官を破壊する荒業──。


「……わたしの奥義、完成です」


 死神の鎌デスサイスへ背を向け、着地するステラ。

 斬撃の手応えから結果を確信しており、死骸は確認しない。

 そのまま大股の駆け足で、城の正門側へと向かって走りだす。

 真っ二つになって地に倒れた蟲の死骸越しに、フィルルはその背中を見た。


「ステラ! どこへ行きますのっ!?」


「奥義の名は、お師様につけてもらうと決めていました! しばし外れます!」


 返事をするステラの体は、すでに城の東側。

 水路上で奮戦する水上列車砲、そのそばを駆ける。

 フィルルは蟲の死骸の正面へ回り、ステラが地に刺した長剣を引き抜いて、再び双剣のスタイルへ──。


「……フフッ。新たに得たオモチャを自慢しにいく、子どものよう。ああ見えて、かわいいところありますのね」


 ──フィルルはそこで回想を止め、両手の剣の切っ先を地へ向ける。

 その正面には、両前脚を付け根から破断されたばかりの通常個体。

 フィルルは幼子のようなステラの後ろ姿で、思い出し笑い。


「完成したあの技を向けられたら、さしものわたくしも風呂焚き用のまき……ですわね。再戦へ向けて、対抗策を考えておきませんと。フフフッ……クスクスッ♥」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る