第256話 戦車 -CHARIOT-(3)
──外壁に穴を開け、城塞内へ侵入した鋼の蟲。
その位置は、ディーナが測距を務める砲のほぼ正面。
鋼の蟲は斜めの移動で射線の真正面を位置取り、ゆっくりと前進。
砲へ狙いを定めたそぶりを見せる。
「
──ドンッ!
ディーナの号令と、砲兵たちによる射撃。
熱気、硝煙、火薬の匂いが辺りに漂う。
砲弾は、鋼の蟲の頭部を覆う硬い外皮、その隆起を捉える。
──ドゴガッ!
命中。
爆炎が一瞬蟲周辺に広がり、黒煙が垂直に上る。
その黒煙を背に、無傷の蟲が前進を再開。
「ひょえええええっ!? とんでもない装甲の蟲ですっ!」
鋼の蟲の防御力を見て、すっとんきょうな驚きの声を上げるディーナ。
隣りの砲に陣取る砲隊長・ノアも、鋼の蟲の防御力を目の当たりにして歯噛み。
「ぐうッ……! あれが防火帯の野砲を壊した、鋼の蟲かッ! なるほど、砲弾が通じんッ! ましてこの水上砲台は、砲の転倒を防ぐために火薬を減らしているッ!」
──ドゴガッ!
ディーナの砲の二撃目が着弾。
蟲は爆炎が消えるまでの間、一旦足を止めるだけで、ダメージは見せない。
しかしノアは、ディーナがまったく同じ位置へ着弾させたのを勝機と見る──。
「ディーナ、その狙いで撃ち続けろッ! 一点集中砲火だッ! 弾の数で……装甲を削れッ!」
砲隊長らしい、クレバーな判断と指示。
しかしディーナは首を横に振りながら、大声で拒絶の返答。
「……一点狙いはダメですっ! それよりも、あちこち狙ったほうがいいですっ!」
「なんだとッ!?」
「蟲が砲撃を受けて止まるのは、踏ん張って衝撃に耐えてるからですっ! こちらの砲が、反動で倒れるのと同じですっ! ですから蟲のバランスを崩せれば、転倒させられるかもですっ!」
「な、なるほど……。確かにあの装甲だ。転べば動きが止まるかもしれぬ……」
「同じところへ二発撃ちこんで手応え確認したですが、この砲であの装甲は破れないですっ! ですから転倒狙いですぅ…………
──ドンッ!
前翅の装甲の隆起、その向かって右側に三撃目が着弾。
蟲は攻撃を受けた左半身を、わずかに後方へと傾ける。
「次弾装填ですっ! この調子で、奴の姿勢が崩れやすい位置を探るですっ!」
次弾装填と、射線の微調整。
砲兵たちはディーナの指示を、最短時間でこなす。
日ごろの訓練で培った、高い練度による的確な動作。
それでも蟲に前進の猶予を与えるのは避けられず、徐々に蟲と砲の間が詰まる。
──ドゴガッ!
繰り返される砲撃と、鋼の蟲の一時停止。
そして蟲の前進再開。
ディーナの善戦は皆が認めるところだが、蟲の防御力がそれを上回り、転倒を誘発させられない。
蟲の装甲で反射する爆炎が、ディーナたちの鼻先にまで迫る──。
「むうぅ……そこもダメですかぁ……。次こそは……です……」
「もういいディーナ、その砲は棄てるッ! その蟲は恐らく水路を渡れまいッ! 砲を水没処分して、勝機を伺うッ!」
「あと一発……あと一発撃てる間合いが、残ってるです! 次弾、そうて……」
「砲隊第一班退避ッ! 残弾を回収し、水路の内側へ退避ッ! 蟲に水路を
──はっ!
ノアの命令を受け、ディーナの砲に携わっていた砲兵たちが撤収を開始。
万一の際を想定して準備済みの、砲といかだの自沈の用意を始める。
ディーナは砲兵の一人に引っ張られる形で、水路の内側へと退却──。
「悔しい……悔しいですっ! あんな蟲が、いるなんて……ですっ!」
「ディーナ、おまえは初陣でよく頑張った! しかし、これが実戦というものだッ! 引き際を見誤れば多大な損害を出すッ! 肝に銘じておけッ!」
悔しさを露にし、涙ぐんだ目を細めて顔をグシャグシャにするディーナ。
それに背を向けて、砲の水没処理の準備を淡々と進める砲兵。
そこに民間人と軍人の大きな差があった。
砲を壊すためか、いかだを利用して水路を渡るためか、鋼の蟲が目前に迫る──。
──シャシャシャシャシャッ!
突如辺りに響き渡る、空気を斬り裂くかのような鋭い音。
水路の外側の宙を、蒼い球体が水路に沿って高速で直進。
白銀の光沢を外周にまとったその蒼い球体が、鋼の蟲へと側面から迫る──。
──ギガガガッ……ザシュッ!
鼓膜をダイレクトに引っ掻くかのような、不快な金属音。
爆音に慣れている砲兵たちでさえ思わず顔を歪める、金属が激しく擦れあう音。
それが鳴りやんだとき、鋼の蟲の胸部と腹部が、前後に断裂。
翅の付け根にある、針金蟲が潜む
「な、なにが……起こった……です?」
恐る恐る耳から両手を離したディーナが、鋼の蟲の死骸から、ゆっくりと左側へ視線を移動させる。
そこには、巨大な刃を有した鎌を持つ、少女の立ち姿。
無数の砲弾さえもしのぎきった厚い装甲を切断した鎌は、隻腕の蟲の左前脚。
それを武器とするのは、隻腕の蟲との戦いで少し髪を短くした、ステラ──。
「見てくださいましたか、お師様。さあ、早くこの奥義に命名を──」
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