第255話 恋人 -LOVERS-(2)
メグリが駆ける足を速め、先行くエルゼルを追い抜く。
エルゼルの脚に負担を追わせまいとする気遣いが、メグリを逸らせていた。
前後を向いて横に並ぶ、
いま正面を向いている一体へと、メグリはまっすぐに駆ける。
「どいてどいてーっ! そいつはわたしに任せてっ!」
メグリの声を受けて、蟲と対峙した女性兵がわきへ避け、道を譲った。
女性兵を通りすぎたところで、メグリが抜剣。
「現れたばっかで悪いけど、
メグリの接近を受けて、
メグリとの位置関係は、向かい合っていた蟲が後ろへ、背を向けていた蟲が前へ。
基本的にカマキリが見せぬ挙動、後退。
それを受けてメグリは悪寒を覚え、踏みとどまって急遽防御の構え──。
「やばっ……!」
──バサバサッ……ガッ!
メグリへ背を向けていた蟲が、硬い前翅を広げる。
鉄板のように頑丈で厚い前翅は、開閉時に強力な打撃武器となり、当たりどころが悪ければ斬撃にもなる。
メグリはかろうじて翅を剣で受け、その反動を利用して後方へと跳び、防御と同時に間合いを取った。
「こいつらまさか……翅がメインの武器っ!?」
二匹はさらに後退しあい、体の前面を合わせる。
互いに顔移しをするかのように、擬態部の顔で見つめあう。
擬態部の人間の腕、腕脚で手を繋ぎ、五指を絡ませ、指の股を密着させあう。
「こっ……恋人繋ぎぃ!?」
二匹は恋人繋ぎのまま、移動を開始。
前後の移動はもちろん、繋いだ手を中心にして、時計の針のように相方を傾ける。
そして、二匹の直径に獲物を捉えた瞬間、前翅を開いて斬撃──。
──ザシュッ!
それの最初の犠牲者は、ルシャたちと交戦中の通常個体の蟲。
擬態部の胸部を背後から深々とえぐられ、そこから胸部が前へと折れ曲がった。
通常個体が盾になってくれた格好のルシャとセリは、慌てて双蟲から距離を取り、メグリに並んだ。
「……師匠っ! むちゃくちゃだぞあの蟲っ! 仲間ぶっ殺しやがった!」
「自分たち以外眼中にない……って感じね。前後を翅でカバーしあってる蟲……。まるで無軌道に動く巨大な
「唯一攻めこめるとしたら……真上かっ!?」
「真上もダメね。計四本の鎌が待ち受けてる。わたしが跳躍で斬りこんでも、落とせる鎌はせいぜい二本。生きて帰れる気がしないわ」
「だったら……下か?」
「下は無理でしょ……。モグラじゃないんだから」
「あいつらを誘導して、片方を蟲の死骸へ上がらせられれば、下にちょっと隙間ができるぜ」
「……なるほど。やっぱルシャには、天性の勝負勘があるわ。でも却下。スペースが狭すぎる」
先ほどの蟲との交戦を、すぐにこの状況へと反映させたルシャ。
メグリは感心しつつも、策としては脆すぎると判断。
そこへエルゼルが背後から、二人の肩を掴んで割って入った。
「……いや、それでいこう」
「えっ?」
「下に隙間を作れれば、わたしが銀狼牙で一気に潜りこみ、奴らの繋いだ手を斬る。一匹の腕脚を落としさえすれば、あの連携の攻撃を封じられる」
「そっからどうするつもりよ? わたしの世界に、百合に挟まる男は死ぬ……って迷信あるけれど、あんた男役だから、たぶんそうなるわよ」
「案ずるな。二匹を分離させたら、もう一度銀狼牙を用い、脱する」
「その技……あと一、二回しか使えないって、朝言ってたじゃない。次がラスト一回だったら……どうする気?」
「フッ……覚えていたか。だが、一回も二回も同じこと」
「えっ?」
「膝を壊せば、武人としても役者としても、死ぬのだからな。伝説の戦姫が娘役だ。これが引退公演で不足はない」
「あんたねぇ……。三十路女のつまんない冗談、真に受けてんじゃないわよ」
「心配無用。保険はかける」
「……保険?」
「落とす腕脚は、髪が長い蟲だ。髪が短い蟲は、わたしと近い顔立ち。まず、顔移しがあるだろう。その隙にわたしを救ってくれ、メグリ」
エルゼルがメグリの肩を掴んでいた手へぎゅっと力をこめつつ、一歩前へ出る。
メグリにはその握力が、エルゼルからの懇願のように思えた。
「いずれにせよ残り少ない体力、秘剣を使えるうちに使わせろ」……と。
そのとき──。
──ガシャガシャガシャガシャッ!
金属が擦れあう音が、複数重なってメグリたちの背後から迫ってくる。
わずかに顔を傾け、目端でそれを見る場の一同。
そこには、一次試験・武技部門で使用された重鎧、ゴーレムの姿があった。
真っ先に驚きの声を上げたのは、エルゼル。
「ゴ……ゴーレム!? しかも……速いッ! 異様な速さだッ!」
総重量四〇キログラムを超える
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