第254話 恋人 -LOVERS-(1)

 ──城正面。

 蟲のリーダー、女帝が城壁の上から見下ろす中、戦闘が続く。

 獅子奮迅の活躍を見せるメグリが、場の士気を高める。

 故障気味の膝をかばいながら戦うエルゼルの姿が、勝利を諦めない心を育む。

 屋上からの伝令や、義勇兵による兵站へいたんも効果的に機能しており、戦況はだれの目から見ても、やや人間側に優位。


「ちいっ……! あの蟲、死骸の上から動かねぇ! こっちの剣が届かねーぜ!」


 城塞内東寄りの位置で、ルシャとセリのコンビが通常個体と交戦中。

 二人が位置取りを調整する中で蟲が、そばにあった蟲の死骸へと乗り上げた。

 蟲に作為はなく、戦闘の流れで生じたただの移動だったが、平地での戦いにしか慣れていない人間にしてみれば、有利不利が大きく変わる。


「おいエロっ! 少し下がっぞ! あいつ地面へ誘導しねぇと、勝負にならねぇ!」


「ルシャ! いくらなんでも『エロ』はないだろう! 略しすぎだっ!」


「戦場じゃ隙を作らないよう、短けぇ名前で呼び合うもんだっ! オレだって本当はルシアって名前だったのに、親父のわがままで縮められてルシャだぜっ!?」


「だったらセリと呼べ! エロとセリ、どちらも二文字だ!」


「う……うっせ! セリは……なんか言いにくいんだよっ! エロだエロ!」


 一見悪態のつきあいのような、親愛の情を交えた二人の連携。

 二人は後方の安全を確認してから後ずさりし、そこでゆらゆらと剣を振って、蟲の気を引いた。

 まんまと誘引された蟲が死骸から下り、人間たちのフィールド、平地へ。

 その一連の様子を見ていた女帝が、左右の触角を細かくぷるぷると振った。


 ──ザッ! ザッ!


 城壁の上部へ鎌を引っかける音が、続けて鳴る。

 城塞の外側から女帝の左右へ、新手の蟲二体が同時に出現。

 向かって女帝の右の蟲は、暗めの赤いショートヘアーで、細い瞳に引き締まった頬という精悍な顔つき。

 左の蟲はダークブラウンの繊細なストレートロングヘアーで、眉と瞳の端が下がった穏やかな顔立ち。

 体長、体高、体色いずれも、通常個体と変わりない。

 二体は申し合わせたように同時に翅を広げ、水路の内側へと降り立つ。

 ちょうど一戦終えたばかりの兵三人が、長髪の個体を取り囲み、対蟲用のフォーメーションを組み始める。

 そのとき──。


「なっ……なにっ!?」


 フォーメーション完成前に蟲二体が、女性兵一人を前後から挟みこんだ。

 短髪の蟲が鎌をコンパクトに構えて、女性兵を正面から打突する構え。

 長髪の蟲が両前脚を開いて掲げ、女性兵の左右の逃げ道へ振り下ろす構え。

 二匹の蟲が偶発的に一人の人間を狙ったのではなく、明らかにコンビネーションを発揮している挙動。


「た、助けて……」


 あっけなく勝機も退路も失った女性兵は戦意を失い、か細い声で命乞い。

 しかし蟲に通じるはずもなく、前方から鎌を受け、首を引っ掻き落とされる。


 ──ゴッ……! ドサッ!


 地に落ち、わずかに転がる頭部。

 剣を構えた姿勢を取ったまま、前方へ倒れる体。

 それを足元にして向かい合う蟲は、しばらく擬態部の顔を突き合わせる。

 のち、女性兵の遺体を踏みつけながら、すれ違いつつ前進。

 体を前後に向けて横並びとなり、残る女性兵二人と対峙する。


「な……なんだこの蟲っ!? 前後をカバーしあっているぞ!」


「いまのフォーメーションで一番の器量よしだったネルザが、顔移しをされる間もなく……!」


 一人の女性兵が叫んだとおり、並んで前後を向く蟲に死角は少ない。

 女性兵二人は蟲に通常個体とは違う気配を覚えるものの、同胞の亡骸を踏みつけられた怒りから、交戦を解こうとしない。

 二対二の無謀な戦いを挑む女性たちを捉えたエルゼルは、そばにいたメグリへと声をかける。


「もしやあの二匹……共闘しているのかッ!?」


「……どうやら、二体一組の異形の個体イレギュラーのようね」


「早めに潰したほうがよさそうだなッ! 一緒にきてくれるかッ!?」


「お誘いはうれしいけど、司令塔のアンタは、あっちこっち無闇に行かないほうがいいんじゃない? ここはわたしに任せなさいって」


 暗にエルゼルの膝を案ずるメグリ。

 察した上でエルゼルは耳を貸さず、メグリの肩をポンと叩いて、双蟲そうちゅうへと歩む。


防火帯捕蟲陣の鋼の蟲が、こちらへ向かっているという伝令があったろう。あれには砲弾が通じぬ。それまでに、こちらの強敵は消しておかねば。時間がない」


 ──時間がない。

 鋼の蟲への警戒に加え、エルゼルの余力の少なさを含ませた一言。

 膝へ過度に負担をかける秘剣・銀狼牙の使用も辞さないという、意志の表れ。

 武人のエルゼルがここでは退かぬと、メグリは察する。


「しゃーない。押しも押されぬ人気男役のお誘いだもの。謹んで娘役を承りましょ。たまには歌劇團のスターも悪くないわ」


「ずいぶんととうが立った娘役も、いたものだな」


 ──ガゴッ! ガゴオオオオンッ!


 突如城塞内に響く、異質な轟音。

 水上列車砲を運用する、水路の外側。

 爆風を受けてもろくなっていた、城壁の一部分。

 そこが城壁の外側から押し出されるように壊され、土石による粉塵が舞い上がる。

 薄茶色の煙をくぐって、鋼の蟲チャリオットが城塞内へ侵入。

 地を這いながら、ゆっくりと水上の野砲へと向かう──。


「……メグリ、急ぐぞ」


「ええ」

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