第253話 力 -STRENGTH-

 ──城内。

 負傷兵が一人、また一人。

 治療を受けるべく、臨時の救護所が置かれた講堂へと運ばれる。

 受験者のナホは力を買われて、負傷者の運搬に従事していた。

 小柄なナホだが、一回り大きい体格の女性兵も、軽々と担ぎ上げる。


(わたしが蟲を呼んだんだ……。この人の怪我も、わたしのせいなんだ……。わたしが……わたしは……もっと、お手伝いしなきゃ……)


 自分が蟲侵攻の引き金になったという自責の念が、ナホの中ではいまだ大きい。

 怪我人が増えるほどに、むしろそれは膨らんでいく。

 講堂に敷かれた寝具の上へ、女性兵を仰向けで優しく下ろすナホ。

 血をたっぷりと軍服に染みこませた女性兵の顔は、血の気が薄い。

 軍医が一人駆けつけ、女性兵の容態を、その頭部のわきへ赤い木札を置いた。


 ──ドクン!


 ナホの心臓が、大きく動悸を打つ。

 木札は治療の優先順位を示す、トリアージ用のもの。

 赤色、黄色、緑色の順に、優先順位が高い。

 この女性兵は、深手の赤札。

 ナホは女性兵の足元へ回り、ゆっくりと寝具と引きずって、重傷者の治療スペースへと移動させる。


(ごめんなさいっ! わたしのせいで……本当にごめんなさいっ!)


 ボロボロと大粒の涙を寝具の端へ落としながら、ナホは心中で謝り続ける。

 運ばれていく女性兵を遠巻きに見た緑の木札の負傷兵が、声を荒らげた。


「バーニィもやられたか! くっそぉ……蟲めぇ! ええいっ、わたしは戦いに戻るぞっ! もう寝ていられるかっ!」


 右肩に包帯を厚く巻いた負傷兵が、すっくと立ち上がる。

 そしてすぐ顔をしかめ、膝をついた。


「……つうっ!」


 そのわきへとリムが、悲壮な顔を浮かべて慌てて駆け寄る。


「だ……ダメですよ動いてはっ! せっかく縫った傷が、開いてしまいますっ!」


「構わんっ! 腕の一本くれてやるっ! 長斧ちょうせきならば、片腕でもいけるっ!」


「いけませんっ! 負傷者をかばうために、また新たな負傷者が出ますっ! 負の連鎖は避けないとっ!」


「民間人が知った口を聞くなっ! どけっ!」


「民間人だろうがニセ受験者だろうが、どけないものはどけませんっ!」


 救護所では、同じようなやりとりが何度も繰り返されている。

 介護に当たるリムたち義勇兵は、戦況を憂うがゆえに、次第に当たりがきつくなっていった。

 負傷兵たちも、己が出向いたところで足手まといなのは、頭ではわかっている。

 しかし新たな負傷者を目にするたびに、魂と肉体が戦線復帰を逸らせた。

 そんな様子を目にするたびに、ナホの自責が募る。


(わたしのせいだっ! わたしのせいだ……わたしのせいだっ!)


 ──一方で、応急処置が済み、軍医からのゴーサインを受け、戦列復帰する負傷兵も少数だがいた。

 二人の負傷兵が、まだ血の乾かぬ軍服へ袖を通し、講堂の外へと駆けだす。

 それを確認したカナン三姉妹の二女・シャロムが、精神感応テレパシーでカナンへ伝達。


「いまから歩兵二人が~、復帰するよ~。みんなに知らせて~」


 生来ののんびり口調を気持ち速くさせて、シャロムがカナンへ情報を送る。

 戦線離脱者が出て手薄になったエリアへ、スムーズに派兵するための措置。

 リムに諫められた負傷兵が、腰を落としたままの自身の不甲斐なさに、無傷なほうの腕を振るって拳を寝具へ叩きつけた。

 それを見たナホは、己の頭頂部が殴られたかのような錯覚を覚え、意識が揺れた。

 ナホの自責は、もはや自傷、呪いレベル。


(本当は、わたしが外で戦わなくっちゃいけないんだ! でもわたし、剣は下手っ! なのになんで戦姫團受けたのっ! 好きな男の子に見てほしいからだなんて……失礼すぎよっ! わたしなんて、さっさと落ちちゃえばよかったのにっ!)


 頬のそばかすを、涙で満遍なく濡らしたナホのくしゃくしゃ顔。

 その口の中で、自身がいま胸中で吐いた悔恨の言葉が、声になった。


「さっさと……落ちちゃえば……よかった……。一次試験……とか……で……」


 「落ちる」から連想された、これまでの試験の光景。

 ナホの体がゆっくりと、講堂の壇上へと向く。

 脳裏に思い起こされる、一次試験・武技部門の説明の模様──。


「あっ……! があれば……わたしにも戦えるっ! ううんっ! で戦えるのは……たぶんわたしだけっ!」


 天啓のような閃き。

 ナホの胸に積もり積もっていた悔恨が、一気に戦意の燃料となる。

 涙が止まり、全身……こと背筋に力がみなぎる。

 左右の袖で、乱暴に濡れた頬を拭う。

 涙を消し終えた両腕の中から、眉を吊り上げた凛々しい表情が現れる。

 ナホは緑色の木札を持つ負傷兵の一帯へ赴き、床へ膝をつき、力強く声を上げた。


「あ……あのっ、すみませんっ! 試験のときに使ったゴーレムって……いまどこにありますかっ!?」

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