第258話 恋人 -LOVERS-(3)

 ──ガシャガシャガシャガシャッ!


 あっけに取られた一同のわきを、重鎧兵ゴーレムが駆け抜ける。

 重鎧兵ゴーレムは一直線に、双蟲の片割れである長髪の蟲の背後へと向かう。


 ──ガゴォンッ!


 長髪の蟲が広げた前翅。

 その端を受けた重鎧兵ゴーレムが、鈍い衝突音を立てながら、後方へと弾かれた。


「いっ……た~い! 鎧の中……衝撃がすごいいぃ……。あの人も……こんな感じだったんですねぇ……。はわわわぁ……」


 あどけない悲鳴を上げつつ、ヒップから地へ落ちた重鎧兵ゴーレム

 体を横へ捻って一旦四つん這いになり、そこからふらふらと立ち上がる。

 剛腕・フィルルの打突を連続で受けてもしばらく耐えきった重鎧は、翅の一撃だけでは目立った損傷を見せていない。

 重鎧兵ゴーレムは今度は慎重に、翅が当たらぬ低い姿勢を取り、蟲へと近寄っていく。

 エルゼルが左腕を前へ伸ばして、それを制止。


「バカ、よせっ! 蟲に手ぶらで向かうなど、自殺行為だっ!」


「あ、あのっ……こいつの動き……わたしが止めますっ! その間に……皆さんでやっつけちゃって……くださいっ!」


「そもそもおまえはだれだっ!? 所属と名前を言えっ!」


「わたし……受験者のナホ・クックです! わたしが戦わなきゃ! わたしが戦わなきゃ! わたしが戦わなきゃあっ!」


「ナホ・クック……。あぁ……あの、ゴーレムごと兵を背負った受験者かッ! 重鎧をまとってその動き……道理でッ!」


 ナホは長髪の蟲、その右後脚のせつを、鎧に覆われた両手で掴む。

 それを宙に持ち上げたナホは、片膝を立てる姿勢で、力任せに引っ張る。


「はうあああぁああぁあああっ!」


 ──ブチイッ!


 跗節が根元からちぎれ、ナホは再び、後方へと勢いよく尻もちをつく。

 重鎧の各関節で、「ガシャン!」と派手に音が鳴った。

 重鎧越しにヒップをさすりながら起き上がったナホは、次に左後脚の跗節を狙う。


「いたたた……ちぎれちゃいました。今度はこっちの脚で……せーのっ!」


 跗節がちぎれたのを失敗と解釈したナホは、今度は繰り返さじと、跗節の先端と関節部を固く握って引っ張る。

 しかし周囲の者はだれ一人、いまのを失敗とは思わない。

 特にエルゼルは、吃驚の表情。


「跗節とは言え……腕力だけで蟲の体を壊しただとッ!? それも、あの重鎧をまとった状態でッ!?」


「早くうううぅ……蟲やっつけてくださいいいぃ! この脚の先っぽ……すぐちぎれそうなんですうううぅ!」


「構わんッ! その跗節……先っぽをちぎってくれッ!」


「……えっ?」


「跗節は人間の脚にとって、足首から下に相当する部分だ! そこを失えば蟲は踏ん張りを失うッ! いいからもげッ!」


「は……はいっ! うやあああぁあああぁあああっ!」


 ──ブチイッ!


 再び跗節が根元から引きちぎれ、余力でナホが激しく尻もち。

 踏ん張りを失った両後脚はもう、ただ体を支えるだけの杖のような存在。

 「恋人繋ぎ」の相方、短髪の蟲はそれを把握せず、これまでのように移動。

 跗節をもがれた長髪の蟲は、足並みを揃えられず、体を引っ張られる状態。

 そのコンビネーションの乱れを、エルゼルの瞳は逃さない──。


「……蟲に隙間ができたッ! 秘剣ッ・銀狼牙ッ!」


 エルゼルが高速ダッシュ斬りを用い、瞬時に双蟲そうちゅうのはざまへ潜りこむ。


「でやああああーッ!」


 跗節をもがれた長髪の蟲、その両腕脚の手首を、下方から斬り落とす。

 蟲同士の「恋人繋ぎ」を断絶。

 同時に、故障した左膝から地に崩れる──。


「ぐうッ……! これで、こいつらのコンビネーションは封じた……。バラけてしまえば、通常個体となんら変わらぬはず……つううッ!」


 膝の痛みに耐えきれず、蟲の間で肩から横に倒れるエルゼル。

 膝の奥でなにかがちぎれたような、痛みを超える喪失感を覚える。

 「恋人繋ぎ」を解かされた蟲は、互いに数歩後退し、地でうずくまるエルゼルへ鎌を振り下ろす体勢を取る。


「くッ……。顔移しを当てこんでいたが、一瞥もなし……とはな。この二匹……お互いの顔以外には興味なし……か。ならば……」


 エルゼルは両手で長剣の柄を強く握り、刃を己の喉元へあてがう。

 蟲に殺されるくらいなら自刃を……という、武人の心意気──。


「……ったく! 男役のくせに、悲劇のヒロイン気取ってんじゃないわよっ! とんだミスキャストねっ!」


 エルゼルの両耳を貫通するメグリの声。

 固く重く、動かなくなったエルゼルの体が、ふわりと軽やかに宙に浮いた──。

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