第265話 女帝 -EMPRESS-(6)

 ──屋上中央で繰り広げられる、メグリと女帝エンプレスの激しい剣戟。

 巨体を有する女帝を眼前にして、メグリはひるまない。

 その懐へと潜りこみ、果敢に双剣を振るう。


「ふふっ。それだけ大きい鎌だと、インファイトやりにくいでしょ?」


 利き腕の右手の剣で、前脚の鎌が開ききる前に弾いて引っこめさせる。

 その隙に左手の剣で、前脚や中脚の関節を斬りつける。

 ラネットたち観戦者の判断は、メグリ善戦、優勢。

 しかし当のメグリの感触は、まったくの真逆──。


(慣れない左手じゃ、かすり傷しか与えられない。こっちは一発食らえば瀕死か即死。剣道柔道と違って判定勝利もないから、割に合わない勝負ね。でも……)


 メグリはさらに半歩踏みこんで、放たれた鎌の出がかりを弾いた。

 同時に、左膝を曲げて掲げる──。


「……それでも勝つっ!」


 女帝の右中脚のせつを踏み潰すべく、再度ふみなりが放たれる。


 ──ガゴォンッ!


 粉塵を発しながら、石畳にめりこむメグリの左足。

 しかしそこにせつはない。

 女帝は先ほど食らったふみなりを学習しており、右中脚を引いて回避。

 そのまま後方へバックステップを踏み、メグリと間合いを取った。

 観戦の兵から驚きと落胆の声が上がる。


「あの速い踏みつけを……避けたっ!?」

「蟲がバック!? 構えた姿勢から引かぬのがカマキリだろう!」

「あの蟲強いだけじゃないわっ! 知性もかなり高そうっ!」


 一方メグリは、女帝の回避を勝機と捉える──。


「逃げるってことはさぁ! さっきの痛かったってことよねぇ! 女帝ちゃんっ!」


 踏みつけ攻撃かと思われたメグリの左足は、力強く石畳を蹴っていた。

 女性兵たちの声が上がった時点で、その体は既に高く宙。

 後方へ退いた女帝へ、高みから双剣での強襲。


「知性を得るってことは、恐れやひるみも得るってことよっ!」


 女帝の両前脚の付け根目がけて、青白い剣跡が二本はしる──。


 ──ガガッ!


 女帝はメグリの双剣を、掲げた両鎌で固く挟んで受け止めた。

 オーラを発しあう長剣と鎌が擦れ、青白い火花がバチバチと散る。

 十七歳時のメグリの顔を持つ女帝が、「ざまぁ」と言わんばかりに、両頬を吊り上げた笑みで見上げた。

 それを受けてメグリ、同じように両頬を吊り上げて「ざまぁ顔」の三十路バージョンを、眼下の女帝へと突き返す。


「真剣白刃取り気取ったつもりっ!? 残念っ!」


 ガッチリと両鎌に挟まれた双剣。

 メグリはその柄を、左右同時に離す。

 次の瞬間、空手になったはずのメグリの右手に、突如サーベルが現れる──。


「どうやら記憶は、わたしの顔から引き継いでないようねっ!」


 ──五十二年前。

 当時(※)の女帝と、十七歳のメグリの戦い。

 メグリは顔移しをされながらもその窮地を脱し、十四歳のアリスが投げ渡したサーベルで逆転のきっかけを掴んだ。 

 六十六歳となったアリスの腰に先ほどまであったサーベルは、いまは鞘のみ。

 言葉も合図もいっさいなしに、メグリとアリスの異世界の恋人同士は、当時の戦いを瞬時に再現してみせた──。


「恐れやひるみは、想いがなければただの弱みっ!」


 ──ザシュッ!


 斜め上方から斬り下ろされるサーベル。

 女帝の擬態部の顔に、右目から左頬にかけて深い傷が走る──。


「星ケ谷愛里はねぇ、ウインクが癖なんよっ! この偽物パチモンっ!」


 擬態部の右目を潰し、強制的に女帝へウインクをさせるメグリ。

 着地後、すぐに身を低くして後方へ跳躍し、女帝の間合いから離脱。


「……ふう。いまので顔認証狂って、戦姫補正弱まってくれるといいけれど…………んっ?」


 片膝を立てて着地したメグリの右腕に、強烈な違和感。

 メグリはその発生源を、二の腕、肘、手の甲、サーベルの柄……の順に追う。

 違和感の正体は、サーベルの先端に付着した、蟲の体液。

 やや黒味が交ざった、赤い体液──。



(※参考「第179話 星ケ谷愛里(後編)」)

https://kakuyomu.jp/works/16816927860772668332/episodes/16817330647912165047

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