第264話 塔 -TOWER-(3)

 ──城正面の陣地。

 リフトの役目を終えた巨蟲が、ゆらゆらと胸部を下げる。

 人間を捕獲しやすい高さへと、擬態部や両鎌の位置を調整し始めた。

 それが終わればメグリが言ったとおり、人間を襲い始めるだろうと皆が考え、回避に備える。

 そんな中フィルルが一人、ステラが立つ巨蟲の真正面へと悠々と向かう。


「……ステラ。舞台の中央を独り占めとは、いいご身分ですわね」


「……フィルル。後門はいいのですか?」


「あらかた駆除してきましたわ。増援の蟲も現れませんし、わたくしはこのドラゴンマンティスを相手しようかと」


「ドラゴンマンティス。それが、この蟲の名ですか」


「世界最大種、オオカレエダカマキリ。別名ドラゴンマンティス。恐らくこの大型個体は、それがベースでしょう。そしてオオカレエダカマキリは、わたくしの剣技・大枯枝蟷螂斬撃ドラゴンマンティススラッシュのモチーフでもありますわ」


「……なるほど。言われてみればあなたの剣の構え、カマキリに似ていますね」


「よってこの蟲は、わたくしの獲物。真正面、譲っていただけません?」


「わたしもいま、お師様から奥義の名を授かったところです。お師様の世界の最高峰すら断ってみせる技、富嶽断。命名後の相手にふさわしいこの蟲、譲れません」


 正面にそびえる凶悪な巨大生物。

 それにひるむことなく、真正面を取り合う少女二人。

 片脚立ちのエルゼルは、城の壁に背をつけた姿勢で、それを頼もしげに見る。


(気性、実力からして、次代の戦姫團を率いるのはあの二人……か。武力ではステラ、統率力ではフィルルに分がありそうだが……?)


 壁に背を押しつけながら、エルゼルが二人へ号令を飛ばす。


「ステラ、フィルル、下がれ! その巨蟲はまだ相手にするなッ!」


 しかし二人はそれに従わず、場を動かず──。

 一瞬顔を見合わせたあと、代表してフィルルが微笑で返答。


「あら、エルゼル團長。わたくしとステラは、遊撃部隊の命を受けて参戦しておりますわ。どの蟲を狙うかは、こちらの自由かと」


「戦うなとは言っていない。だが先に、雑魚を巨蟲に駆除させる」


「……はい?」


「この巨蟲は、ほかの蟲を潰しながら降りてきた。鋼の蟲と違い、ほかの蟲を守る習性はないのだろう。よって、この正門側に残存する通常個体を外周から攻め、巨蟲へと寄せる作戦を取る。巨蟲の扱いは、そのあとで好きにしろ」


「……なるほど。メインディッシュへ手をつける前に、オードブルを片づけろ……というわけですわね。マナーの話ならば、従うよりありませんわ。ねえ、ステラ?」


「わたしは好きなものから食べる主義ですが。戦局的には、團長の案がベストでしょう。従います」


 ステラとフィルルが、迅速に左右へ散開。

 その様を目にしてエルゼルは、内心で二人に大きく期待を寄せる。


ぎょしやすいのはフィルル……か。ステラは副團長ロミアのように、ある程度自由に動ける裁量を与えるのがよさそうだ。が……いずれにせよ、この戦いに勝ってからの話!)


 エルゼルは刃こぼれで使われなくなった長剣を杖代わりに、壁から離れる。

 前傾姿勢で数歩前進したあと、背を反らして胸を掲げ、高々と号令──。


「歩兵隊総員、得手の武器を持ち、四方の壁を背にして散開ッ! 残る通常個体を足止めしつつ、巨蟲を誘導せよっ! 通常個体を、巨蟲に潰させるっ! 巨蟲の間合いに、警戒を厳とせよッ! 砲隊は水路を使って後門側へ移動ッ! 後門の陣地を重点的にえんせよッ! 繰り返す────」

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