第263話 女帝 -EMPRESS-(5)

「──せえいっ!」


 長剣を両手で握るメグリが、それを真横に振って迫る女帝エンプレスを迎撃。

 戦姫補正を授かった者の剣に宿る青白いオーラが、横一直線に走る。


 ──ガギィンッ!


 剣の水平斬りと、両鎌による打突が激しくぶつかった。

 衝撃で女帝はその場に着地。

 メグリも二メートルほど後方へ弾き飛ばされ、やや背を反らした姿勢で足を着く。

 すぐに構えを整えたメグリは、女帝の体に生じていた変化に目を丸くした──。


「やっぱ戦姫補正は、顔認証……か」


 女帝が顔の左右で掲げている両鎌。

 それらはメグリが持つ長剣と同じく、青白いオーラを纏っている。

 ただでさえ殺傷力に満ちた蟲の鎌に、剣圧とリーチが上乗せ。

 さしものメグリも戦慄。


「……蟲を駆除させるために、わたしをこの世界へ呼んで、ギフト戦姫の力を授けただれかさん? 神だか世界の意思だかは知らないけれど、蟲にその力使われるなんて、詰めが甘いんじゃない……のっ!?」


 剣を斜め後方に構えた、前のめり姿勢でのダッシュ。

 女帝が両鎌の打突で、それの出鼻をくじこうとする。

 戦姫補正のオーラを纏った武器同士が、正面から激しく衝突。


 ──ガキイイィンッ!


 ぶつかった衝撃で、双方の武器が頭上へと勢いよく掲げられた。

 女帝が擬態部を反らし、メグリも右足を曲げて浮かせながら、上半身を反らす。

 そのメグリの顔には、不敵な笑み。

 反動を利用して、右足に溜めを作っていた──。


「──ふみなりっ!」


 全体重と、全身のバネの反動を乗せた右足が、電光石火で振り下ろされる。

 メグリがこれまで二度城塞で見せた、震脚とも呼ばれる強力な踏みつけ技。


 ──ガゴオッ!


 飛び散る石畳の破片に、青白いオーラの粒が混ざる。

 メグリの右足が、女帝の左前脚のせつを踏み潰した。

 人間で例えれば、相手の左足の指すべてを潰した状況。


「ウェイト差は、知恵と経験で埋めてかなきゃ……ね!」


 すぐに後方へ跳躍し、間合いを取るメグリ。

 しかし女帝はせつを奪われた左中脚を抱え、勢いよく斜めに振る。

 鋼鉄の棒のような女帝の脚が、離脱中だったメグリの脇腹を捉える──。


「ンごほっ……!」


 尖らせた口から唾液を吹きながら、メグリの体が水平に飛んだ。

 向かう先は、城内への扉を据えた、銃眼つきのコンクリート製小屋。

 メグリはとっさに剣を地面へ落とし、壁に激突する瞬間、体を捩じって衝撃を分散させる──。


 ──ゴガッ!


「ぐうっ……!」


 左二の腕から壁に当たりつつ、すぐさま背全体を壁へ押しつけるように転身。

 そこからさらに身を捻り、右二の腕から石畳へ落下。

 心配したアリスが、観戦中の音楽隊を掻き分けてメグリへと寄り、しゃがむ。


「メグリっ、大丈夫!?」


「ん、平気……。蹴り、運よくアバラ避けてたわ……。ン……もごもご……ぺっ!」


 メグリは数回口をむぐつかせてから、白く泡立った唾を壁の生え際へと吐いた。


「内臓も無事っぽいわね。よ……っと!」


 唾液の色で、内臓の出血の有無を確認するメグリ。

 立ち上がり、掌を上へ向けて、左腕をわきへと伸ばした。


「だれか剣、貸してくんない? あいつ相手に、さすがに剣一本は不利だわ。鞘はいいから」


 音楽隊の一人が腰の鞘から長剣を抜き、それを慎重にメグリへと手渡した。

 メグリは空いた右手で先ほど落とした長剣を拾いながら、双剣で女帝へと向かう。

 女帝は追撃することなく、その場でメグリの復帰を待っていた。


「……待たせたわね。ボクシングだと、カウント6……って、ところかしら。もっともこの戦い、どちらかの死以外に……決着ないけれどねっ!」


 メグリは慣れない双剣を手繰り、女帝と交戦を再開。

 せつを失った左前脚に隙が生じないかを伺いながら、慎重に間合いを取る。

 傍目には、白銀の剣跡と、蟲の体色の残像が、宙で切れ目なく飛び交うのみ。

 メグリへ剣を渡した兵が、楽隊長・ヴェストリアへと不安げに指示を仰いだ。


「彼女……戦姫を、支援しなくてもよいのでしょうか?」


「助けが必要なときは、彼女のほうから言うでしょう。あの蟲の異常な戦闘力から、わたくしたちをかばう余裕はない……ということかと。ところで、研究團・異能『耳』、ならびに替え玉受験者、ラネット・ジョスター……」


 ヴェストリアが振り向き、ドアから顔を覗かせているラネットとトーンを見る。


「……あなたたちも戦う覚悟を、持っておきなさい。あの女帝と呼ばれている蟲、触角の感度が良さそうですから」


 それからヴェストリアは、女帝の数メートル後方にある聴音壕を睨みつけた──。

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