第179話 星ケ谷愛里(後編)

 ──数日後。

 愛里の参戦により、陸軍の女性兵たちは戦況を立て直しつつあった。

 愛里はその超人的な武力で、次々と蟲を撃破。

 そして、昆虫好きだった幼少期と、歴女気味の思春期に得た知識により、蟲の生態や対処法を提示していく。


「蟲は基本的に日中しか行動しない」

「盛大にかがり火を焚けば、夜間でも出没する可能性はある」

「前脚の両鎌は、別々の獲物を同時に狙うことはできない」

「前脚は関節の構造上、水平の可動域が狭い」

「人間の顔の部分にある目よりも、頭部の両脇にある複眼で主に視認している」

「腹部に音を感知する鼓膜器官がある」

「人間の擬態部の頭髪は、恐らく触角が変形したもの。周囲の情報を探知している」

「蟲には全身脳がある。首を落としてもしばらく生き続けるのは、そのため」

「蟲の中には、針金蟲という寄生虫がいる」


 その針金蟲の存在を元に、愛里は蟲に関する仮説を立てていく。


「蟲と針金蟲はいびつな共生関係を築いており、それが異常な進化を引き起こした」

「複眼で人間の女性の顔を観察、記憶し、次代に継承している」

「『人間の男が好む顔』を持つ個体が優先的に交尾の機会を得た結果、淘汰によって美形の蟲が生き残り、生存戦略として美形を判定する能力を得た」

「針金蟲は恐らく第二の脳。『顔移し』の情報は針金蟲が記録している」

「蟲の首を落とすと、全身の指令系統が針金蟲に移り、自身を守ろうとめちゃくちゃに暴れだす狂乱状態バーサークが始まる。前脚より先に首を落とすのは危険」


 そして、それらを戦術へと組みこんでいく。


「前方の左右に二人、後方に一人を配置し、蟲の狙いを分散させる『トリニティ・フォーメーション』で個々の蟲を倒す」

「蟲が『顔移し』を行う数分は延命の猶予でもあるため、なるべく『顔移し』をさせるように、美形かつ、その蟲に顔つきが近い者でフォーメーションを組む」

「蟲の飛翔を阻害するため、戦地の上空にワイヤーを張る」

「ツルギ岳の山間部を飛翔で移動する個体を察知するため、集音の効果がある聴音壕を造り、聴力が良い者を『耳』として常駐させる」

「負傷兵や後方支援の兵の中で視力良き者を『目』とし、見張りとして常駐させる」

「夜間の襲撃の可能性を潰すため、陣営の火の気は極力小さくする」


 これらが奏功し、犠牲者、蟲の出没数が、日ごと減っていく。

 このまま、気温が下がる秋季に持ちこめば蟲の出没が途絶え、戦いが終わる。

 そんな緩んだ空気が陣地内を流れ始めたある日、「耳」が大声を発する。


「……羽音が、来ますっ! 2……いや、1体っ!? こんな大きな羽音は……初めてですっ!」


 他の個体より一際大きな羽音を立てて、ツルギ岳の頂からダイレクトに陣地内へ降り立つ蟲──。

 カマキリの部位が他の個体より一回り大きい、異形の個体イレギュラー

 それが愛里に狙いを定めて、一直線に襲撃。

 すぐに愛里はそばの女性兵とトリニティ・フォーメーションを組むが、異形の個体は、前方に陣取った愛里と女性兵、その両方に個別に鎌を繰りだす。


「なっ……!?」


 これまでの蟲には見られなかった挙動。

 愛里は間一髪、長剣で鎌を防いだが、虚を突かれた女性兵は大きな裂傷を負い、血飛沫とともに吹き飛ばされた。

 その女性兵へ一瞬愛里の視線が移った機を逃さず、異形の個体がすかさず腕脚で愛里を捕獲する。


「きゃっ……!? し……しまった!」


 左右から両腕ごと腰を掴まれ、動きを封じられる愛里。

 異形の個体はゆっくりと愛里の顔を眼前に運び、擬態の顔で見つめ合う。

 澄んだ水のように、透明と蒼が混じり合う、額から左右に分かれたか細い長髪。

 軽く細めに閉じた、穏やかなつぶらな瞳。

 まっすぐ垂直に伸びる鼻筋。

 薄く開いた、上品な笑みを湛えた口──。


「さしずめ、聖母か天女……って顔つきね。でもなんか偉そうだから、女帝エンプレスと呼ぶわ。女帝はタロットで、妊娠や出産を意味するカード……。あんたが蟲の繁殖の大元……。そうでしょ?」


 愛里の問いかけに、女帝は瞳を閉じて、にっこりと笑みを返した。


「……さすが。ちょっとばかし、人語がわかるみたいね。だったら、この言葉の意味は……わかるかしら?」


 愛里は右手に握っていたままの長剣を、太腿の間へと放る。

 そして両足のくるぶし付近で、剣の柄を上手く挟みこむ。


「…………くそったれ!」


 両膝を曲げ、足で長剣を水平に構える。

 そして勢いよく膝を伸ばし、刃先を正面へと突きだす。

 女帝の擬態部の胸の谷間に、深々と突き刺さる長剣。

 愛里はその柄を両足で勢いよく蹴ると同時に、渾身の力で己を掴んでいる女帝の腕脚を振りほどく。


「……アリスっ! サーベルっ!」


「心得てるわっ!」


 阿吽の呼吸で、2本のサーベルをブーメランのように宙に放るアリス。

 落下しながら、それを両手にキャッチする愛里。

 襲いくる女帝の両鎌を、宙で同時に弾き返す。

 着地と同時に愛里はすぐさま女帝の背後へ回りこみ、前脚を根元の関節から切断。

 続いて翅の付け根を斬り刻み、そこに埋まっている針金蟲を引きずりだす。

 乳白色の細長い生物が、触手のようにうねうねと、蟲の背から躍り出てくる。


「わたしを撮影したいなら……事務所を通してよね!」


 ──この年、最後の出没個体となった蟲、女帝。

 その中枢とも言える針金蟲が、愛里の二刀流サーベルによって、いま細切れに。

 ここに、陸軍戦姫團結成の起因となる、蟲との緒戦が幕を閉じた──。

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