第180話 二黄卵

「ずずっ……んぐっ……ずずずっ……んくくっ…………ごくっ! ぷはぁ……!」


 エルゼルが両手で丼を抱え、とんこつラーメンのスープを飲み下し始める。

 ほどなく空になった丼が、静かにテーブルに置かれた。

 それを見たメグリが、ご機嫌気味の笑顔でパチンと指を鳴らす。


「おおっ……完食完飲! 團長殿、あざーっす!」


「……フン、勘違いするな。おまえが蟲の話を始めるから、さっさと食べ終わろうとしただけだ。麺類を食しているときに、針金蟲の話をされてはたまらんからな」


「またまたぁ! 人は本当に美味しいラーメンを食べると、心底ホッとして本心を吐露するって、俗に言われてるのよ? 無駄にツンデレせずに、すなおに美味しかったって言いなさいよぉ。ほらほらぁ?」


「そんな俗説は知らんッ! こうしてちゃんと完食して敬意も表した! だから蟲の話の続きを聞かせろッ!」


 両掌をテーブルにダンッ……と打ちつけ、苛立ちを露にし、直立するエルゼル。

 メグリは右手で岡持ちの取っ手をさすりながら、左手で後頭部を掻く。


「わかったわよぉ……。ところでいま食べたとんこつラーメン、生卵が二つ入ってたっしょ?」


「……ラーメンはもういい。蟲の話をしろ」


「その生卵、いわゆるおうらんだったの。一つの卵に、黄身が二つ入ってるアレね? 受験生分のとんこつラーメンを作りながら卵を割り続けて、ようやっと出た二黄卵を、團長殿の丼に入れたのよ?」


料理メシの話はいいと言っているッ!」


 エルゼルが歯ぎしりの音を室内に響かせながら、メグリに怒りの表情を向けた。

 しかしメグリは臆せず、あっけらかんとした様子で話を続ける。


「もしも針金蟲にも、二黄卵があったとしたら?」


「……なに?」


「わたしは52年前、女帝エンプレスを倒し、その体に巣くう針金蟲も細切れにした。でも、もし……。女帝の体に、もう一匹針金蟲が潜んでいたとしたら……どう?」


「どう……って……」


 メグリが長いすに腰を下ろし、膝を立てて頬杖をつく。


「……わたしは女帝の針金蟲を潰した気でいた。だから、元の世界へ帰れた……と確信していた。でももし、なんらかの偶然で、わたしの顔を記憶した2匹目の針金蟲が、女帝の二代目を生み出していたとすれば……。わたしがまた呼び出されたのも、納得がいくのよ。17歳だったわたしの顔を持つ蟲……。それはを得た、最強の女帝……」


「おまえやステラ・サテラの、蟲バージョンがいる……ということか?」


「そう肝に銘じておいて。間もなく始まる蟲本隊の襲撃は、史上最悪になるはず」


「ならば……。入團試験は、ここで中断……。受験者とその従者は、一旦麓へ下ろすべき……か?」


「……そうとも思わないのよ。今回の受験生、従者も含めて曲者が多いわ。まるでこの戦いに、合わせたかのように……ね。4年周期の入團試験と、13年周期の蟲の出没が重なるこの52年目は、恐らく完全決着の年。だからあなたは、粛々と試験を進めてちょうだい。これでわたしの話は終わりっ! 毎度あり~!」


「あっ……待てっ!」


 空になった丼と、ピッチャー、コップを岡持ちへそそくさとしまい、会議室をあとにするメグリ。

 閉じられたドアを見つめたまま、室内に一人、真顔でたたずむエルゼル。


「くっ……。人の不安を煽るだけ煽り、対策の一つも述べずに逃げおった! それはわれわれ戦姫團の仕事……とでも言いたいのか! よかろうッ! われらは52年間の研鑽を積んだ、由緒正しき陸軍戦姫團! たとえタヌキ女が始祖だとしても、その誇りと矜持は別にあるッ!」


 エルゼルは一人苛立ち、乱暴に着席。

 ふと、長机に飛んでいた一滴のスープの跡を見て、ぼそりと独り言を漏らす。


「ギョーザにチャーハンとは……。いかなる旨味の料理か……」

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