第217話 三姉妹対決
駆けるカナンが、ポニーテールと末広がりのスカートをはためかせながら、回廊のセンターラインを突破。
それをイッカは、自軍コーナーを曲がって一歩出たところで遮り、剣を構える。
出だしは、カナンが陣地を大きく広げた戦況。
出遅れにイッカが、小さく舌打ち。
(チッ……。相手の出方を待って……だったから、ワンテンポ遅れたっ! それにこのカナン……想像以上に俊足だった!)
イッカは剣を構えながら、相方のナホの様子を一瞥。
ナホは自軍コーナーの手前で不器用に剣を構えながら、後ろ姿を震わせている。
カナン以上の俊足だったディーナは、すでに紅軍のコーナーを陣取った。
再度舌打ちのイッカ。
(チッ……やっぱり使えない、あの女。まあいいわ。どうせこのカナンを封じない限り、あっちの二人は勝負にならないはずだもの──)
──一方、観戦エリアの従者たち。
イッカの妹・リッカが、姉の不利を目にしてたまらず声援を上げる。
「イッカお姉ちゃん頑張れーっ! もごっ……!」
イッカの姉・キッカが、その開いた口を背後から優しく両手で覆った。
「ダメよ、リッカちゃん。大声出したら。みんな真剣なんだから、静かに観戦してなきゃ。それにリッカちゃんもいずれ受ける試験なんだから、しっかり目に焼きつけておきなさい」
「
そう末妹を叱責したキッカだったが、己が挑めなかった最終試験の場に妹が立っているのを、目頭を熱くして興奮気味に観戦している。
(泣いても笑っても……これで最後ですね、イッカちゃん! 一次試験で不合格になったわたしは……あなたを誇りに思います! 本心ではリッカちゃんと同じように、声援を送りたいのですけれど……。ぜひともこの戦いでよき結果を挙げ、当家念願の戦姫團入りを果たしてください! その後は……エルゼル様が團内で日々いかに過ごされているかを、手紙で逐一報告してくださいな。それから戦姫團の公演の招待券も、こっそり横流しを……。ああ、思えば試験を通じて生エルゼル様を拝見できるのは、これで最後……。イッカちゃんはイッカちゃんで頑張ってもらうとして、わたしはしっかりと、エルゼル様のお姿を目に焼きつけておかねば……!)
思考を重ねるにつれ、その熱い視線が妹ではなくエルゼルへと向くキッカ。
末妹のリッカは、自分を背後から抱いている長女の体温が、ほこほこと急上昇しているのを感じている。
「キッカお姉ちゃん……?」
一方、同じく三姉妹で受験者、従者を構成している、トランティニャン三姉妹。
カナンの三つ子の姉・イクサとシャロムが、内心で同時に、カナンへと声援を発した。
((カナン・オン・ステージ! 歌って、カナン!))
それを生まれつきの
そして甘く軽やかな声を、高らかに上げる。
「はーいっ♥ カナンの野外ライブ開始~っ! みんな、聴いてねっ!」
ここで観戦エリアの多くの従者たちが、遅まきながら気づく。
カナンが回廊上にいる、その重大な意味と──。
ゴーレム戦時に、観戦者のみならずゴーレムまでをも惑わした、その歌声を──。
「──
イッカと剣を交えながらも、カナンは魔性の歌声を披露。
緊迫した試験会場に、甘く、弾む歌声が響き始めた。
場の空気が、融けるように緩みだす。
「──
催眠、男性に向けては催淫効果すらある、異能の域の美声。
ゴーレム戦時同様、耳を甘くくすぐられ、ふらふらと夢見心地になる者が続出。
この場でまともに動けるのは、なんらかの補正が働いているメグリ、ステラ。
カナンの三つ子の姉二人。
回廊での戦いを終えた受験者数人。
そして、エルゼルを含む試験官たちと……イッカ。
イッカが歌唱前と変わらず、よどみなく剣を振り続けていることに、カナン三姉妹の長女・イクサが一早く気づく。
(あのジト目……カナンの歌が効いてないっ! それに、試験官の方々もっ!)
(……そうだ。團長はルール説明時、「歌」を禁止しなかった。ゴーレム試験時に、カナンの歌が特殊な効果を及ぼすことを把握しておきながら。では……この最終試験「戦姫の回廊」は、カナン対策が出題に……盛り込まれているっ!?)
イクサは試験官たちもカナンの歌声が影響していないのを再度確認し、自分の推論を確定とした。
(試験官の方々も、あのジト目も、カナンの歌声は対策済みというわけか……。カナン対策は極めて単純……。そう、耳栓っ!)
その推察通り、エルゼル以下戦姫團の兵、イッカ、そしてほか数人の受験者は、カナンの歌声を防ぐために、あらかじめ耳栓を用意していた。
イッカは目の前で口をパクパクさせながら剣を振るカナンを見て、ほくそ笑む。
(ふん……まるで酸欠状態の金魚ね。滑稽、まぬけ、おバカ。その歌声さえ無効化すれば、小柄なあなたには……打ち負けないっ!)
戦闘開始前の、イッカの「カナンはあたしにしか倒せない」発言。
それを証明するかのように、イッカは剣筋を宙に描き続ける。
二人の長剣が交わり、伴奏のように金属音を奏でるが、それさえもイッカの耳には届かない。
──キンッ! カキンッ! カッ! キキ……ンッ!
カナンの歌声を封じたことで勝ち気に逸るイッカだったが、カナンも小回りの利く体を生かして、懸命に応戦。
狭い回廊上ゆえに、小さなカナンの小回りが生きる──。
(くっ……ちょこまかとっ! アイドルの卵だけあって、振りつけさながらの軽やかな動きねっ! 歌唱が一流ってことは、肺活量も相当でしょうから……息切れも期待できないっ!)
ここに来てイッカ、痛恨のカナン過小評価。
しかしすぐに知恵を回し、方針転換。
(ならばその体重の軽さをついて、回廊から叩き落すっ!)
イッカの左右からの大振り。
それを受けるカナンの小柄な体と長いポニーテールが、左右へと振られだす。
(いかんっ! ジト目は
(う……うんっ! イクサちゃん!)
イクサからの指示を受信したカナンは、歌唱を続けながらそれを実行。
左右に振られにくくなるも、センターライン付近への後退を余儀なくされる。
ここを攻め時と見たイッカは、小振りの剣筋でカナンの剣の位置を調整しつつ、大振りの剣筋を織り交ぜてカナン揺らしを続行。
カナンは防戦一方を強いられるが、ステージ上のダンスで鍛えられたその体幹は、なかなか崩れない。
これもイッカにしてみれば誤算。
(……あきれるほどの体幹の良さっ! ゴーレム試験は、武器を床にバラまくという奇策で乗りきったと、姉さんから聞いたけれど……。その印象で、甘く見てたっ!)
──もう一組の戦い。
ナホとディーナの両者は、カナンのふわふわとした歌声に脳を揺さぶられながらも、お互いここは引かじと懸命に剣を振っている。
剣の扱いが不得手なナホは、体の前で左右に適当に大振り。
(はわわわわぁ……。あの人の歌声で、手に力が入らないぃ……。でも、でも……。わたしには、ケインのお守りがあるから……負けないっ! 麓で見せられた、ケインの体……。もう二度と、ほかの子に見せないっ!)
対するディーナには剣の覚えがあったが、同じくカナンの歌に意識を惑わされて、本領を発揮できずにいる。
高身長を生かした高所から振り下ろす剣筋でも、腕力受験者一のナホによる剣の大振りは崩せない。
(な……なんです、あの歌ってる子……。人魚の歌声が船人を惑わす……という言い伝えは、海にありますですが……。山の中で体験するとは、思わなかったです……。ですが、ですが……兄さんのために、負けられないですっ!)
ナホとディーナは従者を連れておらず、二次試験・歌唱部門も
気構えがなかった分この二人には、カナンの歌声が強烈に作用する。
背を曲げ伸ばしし、剣を振り下ろすディーナ。
胸元で跳ねる豊満な乳房が、ナホの両眼を上下に揺らす。
(はわわわわぁ……。柔らかな歌声に乗って、軟らかそうなおっきなおっぱいが、二つ……ぶるんぶるん……。いまにも……弾けて……落ちそう……)
ふわふわの歌声に、ふわふわの乳房。
それらが相まって、農家育ちのナホに白昼夢を見せる──。
(しゅ……収穫……しなきゃ。落果や実割れの前に……収穫しなきゃ……)
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