第216話 カ・テ

 ──ヴィイイイイイイッ!


 試合終了を告げるホイッスルが高々と鳴り、第三試合が終了。

 回廊上の4人はそこで剣を止め、姿勢を正す。

 4人のうち、唯一チームとんこつと縁のあるシャガーノは、額に溜まった冷や汗を手の甲で拭いながら試合を振り返る──。


(第二試合があまりにも激しかったので、直後の試合がショボイ内容だと心証が悪い……という4人の思惑が噛みあい、まあまあの剣戟。少なくとも第一試合よりは深い踏み込みで戦えてました。陣地の獲得も、ほぼ半々の痛み分け……。あとは……全員失格の第二試合が低スコアなのを願うばかりですが、團長は「試合内容で採点」すると言っていたので、過度の期待は禁物ね……ふん)


 第三試合の受験者が回廊を下り、周囲の試験官が急ぎ地をならし始める。

 残る受験者は、イッカ、カナン、ディーナ、ナホの4人。

 4人の背後に、防具を取りつける担当の試験官が並び、その役目を開始。

 運命の悪戯か、イッカへ防具を取りつけるのは、一次試験・学問の場でニセ受験者を演じ、一次試験・武技の場で重鎧ゴーレムをまとって戦った、ギャン・ダット。

 イッカの憧れの戦姫團現役兵であり、入團を目指すモチベーションの中核。

 頭部の防具を取りつけてもらったところで、イッカはたまらず頬を染め、唇を震わせながら、本心を小声で漏らしてしまう。


「あなたを先輩と呼べる日々のために……死力を尽くします」


 ほぼほぼ、愛の告白。

 ギャンは無反応で、粛々と防具の取りつけを進めていく。

 胸部を覆う鋼鉄製の簡易的な防具。

 それをギャンは、背後からイッカへと取りつけ始める。

 防具のベルトを背中で止めた直後、ギャンの左人差し指の先が、イッカの肩甲骨の間に当たった。

 人知れずギャンの指先が、縦に文字を刻み始める──。


(カ……テ……? か……て……? かて…………勝て! ギャンさんっ……♥)


 気のせいと言われればそれまでの、粗く、不確定な、か細いメッセージ。

 しかしその指先の動きは、イッカの背中、さらに胸へと、力強く刻みこまれる。

 イッカは意識の中で、「カテ」の二文字の薄い感触を何度も何度もなぞり、まるで焼き印かのように刻みこむ。


(……ありがたきご声援。このイッカ・ゾーザリー……必ずや、勝ちます!)


 いますぐにでも振り返りたい想いのイッカのジト目が、思わず潤んだ。

 その潤みの奥が、ギラギラと勝利へのどん欲さで滾る。


(ベストなのは、カナンと同軍。次いでディーナ。あのどんくさそうなナホという女は、ハズレ……。運よくカナンと組めれば、いいのだけれど……)


 ほどなく4人の防具の取りつけが完了。

 エルゼルがやや急くような印象で、最終試合の組み合わせを発表しだす。


「第四試合……すなわち最終試合っ! 紅軍……イッカ・ゾーザリー、ナホ・クック! 蒼軍……カナン・トランティニャン、ディーナ・デルダイン! 前へッ!」


(……残念、ハズレ。色物のカナンとディーナは組ませないと読んでいましたが、どうやらナホも、團内では色物と解釈されたようですね)


 受験者は整列して戦姫像へ一礼し、順次、回廊の上へ。

 紅軍の旗の下に立ったイッカは、隣のナホへと小声で話しかける。


「あたしがカナンを担当するわ。あなたは水兵ディーナを担当して」


「ええっ!? あ、あのディーナさんって人、体大きいですし……胸も大きいですし……。それにわたし剣、苦手ですし……あうぅ……」


「胸は関係ないでしょっ! っていうか剣が苦手なら、どうしてこの場に立ってるのよっ!?」


「そ、それは……ええと……。あのですね、わたしの幼馴染が、その……」


「ああもう、律儀に説明しなくていいから。あなたとディーナ、歌唱試験で團歌覚えてこなかった者同士、相性よさげでしょ? それに、カナンはあたしにしか倒せないもの」


「えっ? どうしてです?」


「説明はあと。しばらくあたしに話かけないでっ!」


 ──ヴィイイイイイイッ!


 試合開始。

 紅軍のイッカとナホは、すぐには動かない。

 二人から見て蒼軍の二人は、回廊の左手をカナン、右手をディーナが駆け始める。

 それを見てイッカは瞬時にカナンへと向かい、逆方向へ走るようナホの背中を強く押した。


「……はわわわっ!?」


 ナホがわたわたと前のめりになりながら前進。

 戦姫團入團試験、その最後の最終組が、回廊の上をはしる──。

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