第215話 デデーン!

 ──切っ先を向けられて、しばし固まるリムルシャ

 激闘ですっかり砂に汚れた頬肉を吊り上げながら、辛そうに笑顔を作る。


「ははっ……。つわもののおまえと一戦交えたいのは、オレも同じ……。やまやまなんだがよ……。このエロ眼鏡相手に、力出しきっちまってなぁ。ゴメンだぜ……」


 リムルシャはセリに肩を貸して回廊の外周端へ寄り、二人して離脱する動きを見せる。

 その二人を、ステラが慌てて追う。


「なっ……!? お待ちくださいっ、姉弟子!」


「もうエロ眼鏡こいつ支えてる体力しかねんだわ。わりーな。師匠ならケチケチせずに教えてくれっから、直接学んでくれや」


 回廊の縁に並んで立ち、同時にその外へと跳躍しようとするリムルシャとセリ。

 しかし疲労困憊のリムルシャのつま先が、回廊の端へと引っかかり、前のめりに転倒。

 慌てるリムルシャだが、疲労で手足の踏ん張りは利かず、もう声も出ない。


 ──ドッ!


「あっ……♥」


 リムルシャの体が落ちたのは、セリの胸の中。

 リムルシャの転倒を察し、意識をはっきりとさせたセリが、先に着地してその身を受け止めていた。

 肩、両膝の裏を下方から抱えられ、セリの胸の前で体を折りたたんでいるルシャの姿勢は、いわゆるお姫様抱っこ。

 リムルシャを見下ろすセリの表情は、穏やかな笑顔──。


「……いまの勝負、負けたほうが婿……だったな。ならば花嫁を抱え上げるのは、当然の務め……フフッ♥」


 ──ルシャ人生初の、お姫様抱っこ。

 それも衆人環視の中、パンツをさらけ出して。

 武闘派で通しているルシャも、さすがに恥じらいを禁じ得ない。


「バ……バカ、下ろせよ……。てめぇのデケェ胸がぐいぐい当たって、気持ちわりいしよぉ……」


「立つ力もないくせに、強がるな。しばらく自室で休んでいろ。さて、ルシャにはどのような花嫁衣装が似合うのやら……フフフッ♥」


「ンなもんあるわけねぇだろ……。メイド服だって、まだ違和感あんのによぉ……ったく」


 エルゼルたち試験官に許可も得ず、ヒソヒソ話で宿舎へと戻っていく二人。

 その周囲に漂うラブラブオーラが、何人なんぴとの接近も声かけも許さない雰囲気を作っている。

 リムとラネットは観戦エリアから、セリの後ろ姿を優しく見つめる。


「よかったですねぇ……ルシャさん。念願の勝負を満喫できて……。オレオレ武闘派さんなのに、もうすっかり乙女さんですよ……」


「うんうん! うんうん! 世間的にはリムとセリさんのカップルに見えてるから、リムはこのあとたいへんだろうけど……。よかったよかった!」


「えっ? あっ……キャアアアァアアアッ!?」


 事態を把握し、リムがつい絶叫。

 その正面に、青黒い影が、宙から矢のように降ってくる。

 回廊を跳躍で離脱し、メグリへと剣道の教えを乞いにきたステラ。

 ルシャの落下と同時に跳躍し、長い滞空時間を経て降臨──。


「……お師様。さっそくいまの秘剣の稽古を、わたしにも」


「ええっ? わ、わたしまだほかの子の試合見ときたいから、あとにしてくれる? ステラも疲れてるでしょ?」


「疲労はありますが、闘気に満ちているいまこそ、砂に水が染むがごとく教えが身に着きます。気が鎮まらぬうちに、一手ご指南を。お師様」


「やだ~、めんどくさ~い。もう観戦者の口になってるから、自分が戦うのイヤ~。いま疲れたくない~」


「お師様、お待ちを……!」


 観戦エリアの背後で、バタバタと左右に移動し始めるメグリとステラ。

 試験会場である戦姫の回廊上から、受験者全員が試験終了のホイッスルが鳴る前に離脱した。

 武力における4強の受験者を集めた第二試合が、意外な結末を迎えたことにエルゼルは不覚にも呆然。


(全員……失格? くっ……それぞれの試合が均衡するよう、この第二試合は強豪で固めたのに……なんたることっ! いまの4人は即戦力に足る人材なのに、あまり加点できぬとは……ああ、頭が痛い……)


 エルゼルは額を左掌で押さえながら、顔を左右へ振って頭痛を散らす。

 その前を、どこからともなく現れた「目」ことシーが、てくてくと通過。

 通りすぎてしばらくしたところで立ち止まり、腰を曲げ、右手の人差し指を芝生につける。

 そこは、ルシャが左目のカラーコンタクトレンズを落とした場所。

 「目」の人間離れした視力により、緑の芝生の中へと落ちた碧色のカラーコンタクトレンズを、すぐに見つけだす。

 シーはそれを右手人差し指に張りつかせ、回収。

 それをマジマジと見つめながら、てくてくとその場をあとにする。


(ふーむ……。これはどうやら、瞳に被せるもののようでしなぁ。インナーグラスという呼称で開発している企業があるそうでしが、それは強度や厚みの問題に苦戦中で、実用にはまだまだ至らぬはずでしし……。それにこれは、視力を改善するものではなく、瞳の色を変える用途っぽいでし。こういう未知のブツを持ちこんでいる人物と言えば……まぁ、一人しか思い当たらんでしなぁ。にっししししし……♪)

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