第214話 剣の道

 ──セリの視点。

 着古した木綿のショーツと、素脚を露にしたリムルシャの下半身。

 上半身の前には長剣が掲げられ、割いたスカートを巻きつけた部分がリムルシャの顔を隠している。

 客観的には変人にしか見えないその姿だが、セリはまったく異なる印象を受ける。


(くっ……! まるでルシャの全身が、大剣と化したようだっ!)


 スカートを失ったことによってリムルシャの体の線が細くなり、顔が見えなくなったことでセリから「相手がルシャ」という安堵が失われる。

 セリからはあたかも、下半身が柄、上半身が刃という、巨大な剣に思える。


(あの構え、左右から攻めれば、簡単に崩せそうに見えるが……。ルシャの体の線が細すぎて、距離感が掴めないっ!)


 セリは動揺でしばし胸の内を揺らすが、その動揺がなにか心地いいものであることに、ふと気づいた。

 目の前の愛しきルシャが、最高の技をもって自分を倒そうとしている──。

 左人差し指で眼鏡のブリッジをくいっと上げ、その所作で落ち着きを取り戻したセリは、これまで通りの構えに入る。


(フフッ……そうだな。どうあろうと、わたしはルシャを……信じるのみっ!)


 セリはこれまでの間合い、これまでの構え、これまでの剣筋で、両手で握り締めた長剣を、右斜め上から振り下ろす──。


「でえいっ!」


「…………」


 リムルシャはスッ……と背後に退き、セリの剣をギリギリでかわす。

 そして、振り切られた剣を握る手の甲へ、己の剣を振り落とす──。


 ──ガッ!


「つうっ!?」


 セリの左手の甲を、リムルシャの剣に巻かれた布の部分が強打。

 斬れ味をなくした代わりに、鉄の棒と化していた長剣が、打撃で反撃。

 観戦エリアのメグリが、胸元で組んでいた両腕にぐっと力をこめる。


(……小手こてっ! ひび割れの応急処置で巻いた布が、うまいこと竹刀の先革さきがわになってる! ルシャ……あんたわよ!)


 とっさに数歩退いて体勢を立て直すセリだが、その際、両手で握っていた剣を、利き腕の左手のみに持ち替えた。

 痛打を受けていまだ痺れていた左手から、するりと剣が抜け落ちそうになる──。


「しまっ──」


 痛む左手で剣を握り直したセリの一瞬の隙を突いて、リムルシャが早歩きじみた足捌きで一気に間合いを詰める。

 剣を振り下ろし、メグリの言う先革で、セリの頭部の防具を強打。


 ──ガンッ!


「うぐっ……!」


 防具越しの一打で脳を揺さぶられ、失神寸前になるセリ。

 その左手が、力なく剣を離す。


「セリ……!」


 リムルシャは自身の剣を地へ刺すと、セリへと駆け寄って一旦正面から体を支え、右肩を貸した。

 それから地に落ちたセリの剣を、回廊の下へと蹴り落とす──。

 城塞の麓で出会い、剣士として、愛しい者として、不器用に身も心もぶつけあってきたルシャとセリの真剣勝負は、ルシャが勝利を収めた──。


「……一本いっぽんっ!」


 思わず大声を上げてしまうメグリ。

 両拳を作ってガッツポーズを決めようとしたところで、曲げかけた肘を止める。


「……っとと、ヤバヤバ。ガッツポーズは反則。それが。ご無沙汰で忘れかけてわ。あとでルシャにも、剣道の精神を説いておかなくっちゃね!」


「そうですか。いまの剣術は、剣道……というのですか」


「……えっ?」


 メグリの独り言に声を被せてきたのは、回廊上のステラ。

 リムルシャとセリの勝負を傍観していたステラが、地に刺していた剣を抜き、二人へと歩み寄っていく。


「……姉弟子。まだ、試合は終わっていません。紅軍と蒼軍の、大将戦です」


「あぁ……?」


 ふらついているセリに肩を貸しながら、自身もはぁはぁ……と荒い息を吐いて腰を曲げているリムルシャが、目を半閉じにして生返事。

 そのリムルシャへ、ステラが意気揚々と切っ先を向ける──。


「いまの剣術、お師様のお仕込みでしょう。姉弟子ならば、妹弟子へ稽古をつける義務があります。さあ、その女を退場させて、剣を手にしてください──」

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