第213話 使用感に満ちた、着古した白い下着

 戦いを終えたステラが蒼軍の旗の下に立ち、長剣を地に刺して一観戦者となる。

 その剣が刺されるのと同時に、リムルシャがフィルルが残した剣を引き抜き、自軍……紅軍の旗の下へと戻る。

 それを追ってセリも旗の下へ戻り、剣を前方に構えて仕切り直す。

 リムルシャも同様に剣を構え、笑みを浮かべる──。


「……エロ眼鏡。あれだけの大勝負を見せられたあとだ。水を差されてテンション下がった……なんて言うなよ?」


「……もちろんだ。おまえとわたしで、あれ以上の戦いを創らねば……という胆力に満ち満ちているっ!」


「さすがだぜ、エロ眼鏡っ! いくぞっ!」


「受けてたつっ!」


 再び始まる、リムルシャとセリの激しい剣戟。

 正面から躊躇なく真剣をぶつけ合う、命の懸かった激闘。

 金属音が響き、鉄粉が飛び散り、絶え間なく位置を変える二人の足元からは、砂塵が途切れず舞い続ける。

 およそ試験の一科目とは思えぬほどの死闘。

 それなのに、二人の顔には恐怖も躊躇も、微塵もない。

 あるのはただただ、満足気な笑みと、相手を敬い愛する、熱い眼差し。

 従者、試験官、その他を含めた観戦者すべてにも、この勝負において死人が出るという不安は、いっさい湧かない。

 総試験官という特等席から二人の戦いを見ているエルゼルは、嫉妬にも似た複雑な感情を胸に滲ませる──。


(相手が必ず受ける……という絶対的な信頼を持っての、全力の斬撃。それを交互に放っている。まるで歌舞のような流麗な動きだが、これは打ち合わせや稽古の域では及ばぬ、命を賭した絶対的な自信と信頼……。この戦姫團、わたしの知る限りでも女同士の恋人は数多くいたが、そのいずれでも、この二人の相思相愛には敵うまい!)


 試験官、観衆すべてが、この打ち合いが制限時間いっぱい続くと思う中──。


 ──ビキィッ!


 その予想と期待を裏切り、リムルシャが手にする剣の切っ先寄りの位置で、一筋の亀裂が端から端まで横断した。

 その亀裂は、リムルシャの剣を借りたフィルルが、ステラとの戦いの中で蓄積させてしまった金属疲労によるもの。

 一旦後方へ下がったリムルシャは、間合いを取りつつそのひびを観察。


「くそっ、細目の野郎やろぉ、人の剣を手荒く扱いやがってぇ……。いますぐ折れるってわけでもなさそうだが、このままじゃオレの負け確じゃねぇか! ちっ!」


 リムルシャは額から伝い落ちて口内に達していた血を、ペッ……と回廊の内側へ吐き出す。

 その後、剣先を己の下半身へ向け──。

 リムから借りていたパーティードレスのスカート部を、ぐるっと一周切断。

 スカート部が地へ落ち、リムルシャは股関節から下の素脚と、使用感ありありの白いショーツを観衆にさらけだす。

 リムは愛用のパーティードレスの破損と、自分に扮しているルシャが下半身を露にしたことで絶叫。


「きゃあああぁあああっ!」


(……わりぃなリム! だけどこうでもしなきゃ、勝負続けられねぇ!)


 破ったスカートを長剣のひび割れの上にぐるぐると巻き、応急処置を施すリムルシャ

 その真意も読み解けず、セリは慌てふためいて、不器用に抗議。


「な……なんのつもりだっ!? 色香でわたしを惑わす気かっ!? それに……わ、わたし以外の女に、肌と下着を見せるなっ!」


「うっせ! 見せたくて見せてんじゃねーよ! こうでもしねぇと……剣が持たねぇだろうがっ!」


 もはや地を隠す気がないルシャは、剣にピンク色のスカートの生地を巻きつけて、損壊部を補強。

 ルール上でそのような措置を禁じる説明をしていなかったため、エルゼルは黙認。

 むしろ、己の恥じらいを捨てて武器を補強したことへ感心を示すほど。

 リムルシャはショーツを露にしたまま剣を構え直したところで、ふと、これに近い状況が過去にあったことを思いだす──。


(そう言えば……。最近の戦いの中で、相手のパンツ見たことがあったような……。ちょうどオレがいま履いてるような、きったねぇパンツを……)


 使用感に満ちた、着古した白い下着──。

 ルシャが知る中でそのような下着を履く者は、ラネットかメグリ。

 しかしラネットとは剣を交えていないため、消去法でメグリが結論となる。


(ああ、師匠のきったねぇパンツ……腕試しのときに見たな。……って、ああっ!?)


 ルシャの脳内に、メグリに剣の腕前を確認させられた木剣の勝負が、鮮明に思い起こされる。

 森のやや奥にある、円状に拓かれた草原。

 その中心に立ち、足を前後に並べ、木剣を構えたメグリ。

 自由に攻めることを許されたルシャは、実家仕込みの剣捌きで縦横無尽に打ちこむも、常にメグリが正面から反撃してくる。

 草原でありながらも、まるで丸木橋の上のような一本道の戦場を強いられる。

 それはメグリが見せた、最低限にして最適解の足捌きが生み出した、敵対者を強制的に直線状に乗せ上げる、不可思議な剣術──。

 それに敗れたルシャは、腹部にメグリの蹴りを受け、着古された中年女性の木綿の下着を見ながら、地へと叩き落とされた。

 メグリの下着と己の下着のイメージが重なったことで、ルシャの脳内に、メグリの足捌き、体捌きが、ありありと蘇る──。


 ──スッ……。


(へへっ……。エロ眼鏡との打ち合いに夢中になって、うっかり忘れちまってたぜ。師匠のあの剣術をよ……。部屋で練習までしたってのに)


 ルシャは足を前後に並べると、布で補修した剣を、真正面の斜め上方へと掲げる。

 穏やかな表情でいて、殺気に満ちた瞳を、セリへと向ける。

 そんなルシャの耳の奥に、登城前に受けたメグリからの声援が、ありありと蘇る。


『わたしたちが過ごしたのは二日ちょっとだけど、わたしが教えた剣捌きなんかは、ちゃんとあんたたちの頭に残ってる。もちろん、あんたたちがいままでの人生で、学んできたこともね。記憶や思い出に答があると信じて、何事も最後まで諦めないこと! いい!?』


 その声が、ルシャの心を穏やかにさせつつ、力強く励ます。

 明鏡止水──。

 その域へ達したルシャは、己がこれまでの人生で培った剣筋をすべて捨て、セリへの慕情もいったん抑え、ただただ、あのときのメグリの構えに、自身を重ねる──。

 互いに想いあい、互いの剣筋を習得し、まったく同じ剣筋と化したルシャとセリの均衡が、剣に生じたひび割れをきっかけに、いよいよ崩れた──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る