第218話 おっぱい相撲
──ザクッ!
ナホは回廊の端に剣を刺すと、ふらふらと両腕を前へと伸ばす。
突然のナホの異常行動に、ディーナは剣を頭上に掲げたままで制止。
「な……なんです? どうした……です?」
ディーナの豊満な両乳房を、正面から両手で握り締めるナホ。
──むぎゅっ!
「ひいっ! いきなりなんなんですっ!?」
ディーナの驚きの声にも構わず、ナホはわし掴みを続行。
軟らかそうに見えたディーナの乳房は、まだまだ少女の頑なさに満ちており、ナホの指すべてを強い弾力で跳ね返す。
その手応えにより、ナホの視界で空目されていたディーナの両乳房が、果実からカブへと変貌──。
「はわわわわっ! て……手応えすごいっ! おっきな実だと思ってたこれ……もしかして根菜ですかっ! だったらもっと、引っ張らなきゃ……」
──ぐぐぐいっ!
ナホが背を後方へ反らせて、
ゴーレムを背負ってみせたその怪力で、長身のディーナの体が浮いた。
「きゃああぁあああぁああっ! 痛い……痛いですうっ!」
巨乳を強い握力でつかまれたディーナが、黄色い悲鳴。
それはカナンの歌をつんざき、その歌声を止めさせる。
唐突なディーナの悲鳴に、いまだ観戦エリアの背後で追いかけっこをしていたメグリとステラの足も止まった。
「あっ……あれはっ! 掴めるところは相手のおっぱいだけという伝説の格闘技……おっぱい相撲!」
「お師様、それはなんです? まさかそれも、戦姫の秘技ですか?」
「……あ、いや。あまりに強烈な
「そうでしたか。見ての通りわたしの乳房は小振りですから、胸囲も戦姫の資格に必要なのかと焦りました」
「あんたもそういうの、気にしたりするのね。わたしが務まったんだから、あんたはまったく問題ないわよ」
「……恐れ入ります」
乳房を掴まれて、宙で水平になったディーナ。
それを海老反りで持ち上げるナホ。
その異様な光景に、場の一同が思わず手も口も止める。
カナンが歌唱を止めたことにより、ナホの白昼夢が次第に覚めていく──。
「……はっ? あわわわわっ……お……おっぱい!?」
ナホは自分の頭上に突如現れた豊満な乳房を見て、思わずそれを後方へと投げた。
剣を頭上に構えたままだったディーナは、剣先から地面に落とされる。
──ザクッ。
ディーナの剣が、ナホの後方の地面に刺さる。
一瞬、ディーナの体が剣の上で倒立状態。
ディーナは船上での活動で鍛えた体感を生かし、長い脚を伸ばしながら、優雅に、静かに、足先からすとん……と着地し、剣を手放して姿勢を正す。
にわかに静まり返った辺りに、ホイッスルが鋭く鳴り響いた。
──ヴィイイイィイイィッ!
多くの者が試合終了と勘違いする中、頭の切れる者たちが、そのホイッスルの意味を察する。
耳栓をしているイッカの耳に笛の音は届かないが、状況と笛を吹く試験官の姿を見て、瞬時に状況を把握。
「自軍と敵軍のポジションが、入れ替わったときは……。その場で試合を中断し、仕切り直し……」
周囲の試験官は一旦耳栓を外し、速やかに回廊へと上がって、仕切り直しを開始。
おっぱい相撲が始まった位置へと、ナホとディーナを誘導する。
エルゼルも耳栓を外して、その様子を見つめながら苦い顔。
(くッ……。蟲の脅威が迫っているというのに、時間をかけさせる……。カナンの歌声対策ができている知恵者の受験者には、回廊の上下を問わず加点を……という含みを持たせたが、こうなるのであれば、初めから歌を禁止にしておけばよかった……)
──そのころ、城塞屋上、聴音壕。
現在の試験場、「戦姫の回廊」を真正面に見下ろす戦姫像。
その頭頂部の背後にある聴音壕内では、トーンが耳を塞いでいた両手を離した。
「ふぅ……。やっと……やんだ。あの、不快な歌声……」
聴覚が鋭敏なトーンの耳には、カナンの歌声は甘さを通り越して不快感を与える。
加えて、カナンがラネットにつきまとっていたことも、強く作用している。
「ラネットと、わたしの絆は……あの女には崩せない。それでも……あの女の歌声は不快……。戦姫團……落ちて……ほしい。蟲の羽音並みに……不快……」
──バサバサバサバサッ!
「つうっ!」
蟲の翅の羽ばたき。
その音が、トーンの間近で響いた。
それは耳の奥で時折鳴る、
──バサバサバサバサッ!
「またっ……! しかも……近いっ!」
トーンは
「……しまった! あの雑音のせいで、音の確認が遅れたっ! 緊急警鐘っ! 緊急警鐘を鳴らしてっ!」
そのとき──。
聴音壕の真上を、トーンの記憶に刻みこまれた羽音とシルエットが通過──。
「あぐっ!」
たまらずしゃがんで身を丸め、聴音壕内の壁へ背を押し当てるトーン。
複数の羽音が折り重なって、「戦姫の回廊」へと向かう。
トーンは恐怖で冷たい涙を流しながらも、顔を上げて必死で叫んだ。
「ラネット……逃げてっ! 逃げてええええぇえっ!」
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