第201話 秘匿

「……未知なるものを目の当たりにしたときの、反応を採点させてもらったワ。もうオトナになってる子も、そうでない子も、男性同士を見るのは初めてだったでしょ? ウフッ♥」


 ──ロミアのその言葉で、変則極まった学問試験は終了。

 強い刺激に当てられて地が足につかない者、見たくないものを見せられたという嫌悪感を引きずっている者、平常心な者、試験の内容が腑に落ちない者……と、受験者たちは様々な反応を見せながら、帰途の馬車を下りた。

 イッカは城塞内の戦姫のいくさに立ちながら、奇異な試験を振り返る。


「……わざわざ麓まで下らせて、見せたのがアレ? まあ、社会勉強にはなったけれど、どうにも腑に落ちないわ。もしや戦姫團の活動の中で、あのようなものを目にすることが……?」


「おーほっほっ! あの程度の座興でひるんだのかしら? イッカ・ゾーザーリー! まぁわたしなんてほら? 殿方に引っ張りだこですから? 全然物足りなくて、あくびを我慢するのが大変でしたけれど? おーっほっほっほっ!」


「……どなただったかしら?」


「シャガーノ! シャガーノ・モーヴル! 一次の歌唱試験で、一緒のグループだったでしょーが!」


「……ああ、4コア」


「名前を覚えなさいっ!」


「変ねぇ……。あたし、情報戦で勝ち上がってきた身だから、人の顔と名前を覚えるのは得意なんだけれど……。あなたの顔と名前は、不思議と記憶に残らないわ。どうしてかしらね?」


「こっちに質問振らないでよっ!」


 落ち着いた様子のイッカへつっかかるシャガーノのわきを、前傾姿勢のナホが無言で通過。

 衣類の胸元には、四つ折りに畳まれたハンカチが忍ばせてある。


(あああぁ……。どうしてわたし、こんなもの持ち帰っちゃうんだろ! バカッ! わたしのバカッ! 変態っ!)


 そのハンカチには、麓の兵舎での試験終了の際、人目を忍んでとっさに拭い取った、ケインの精液が染みこんでいた。


(でもこれ……。ケインの赤ちゃんの……素。ケインのお嫁さんになりたかったわたしが、ずっとずっと欲しかったもの……。ごめんね、ケイン。入團試験が終わるまで、これ……お守りとして持たせて……)


 自己嫌悪で顔の上半分を真っ青にしつつも、宝物をしっかりと守るかのように両腕を胸元で交差させて、ナホは一人自室へと向かう。

 その顔色とは対照的に、頬を真っ赤に上気させたフィルルが、おぼつかない足取りでふらふらと蛇行。

 真横に倒れそうになったところを、とっさにリムが右肩で支えて食い止めた。


「だ……大丈夫ですかっ!? フィルルさんっ!?」


「あら……リム・デックス。ありがとう、助かったわ」


「いえいえ。下りの馬車の中でのお詫びです。ひょっとして、車酔いですか?」


「いえ、その……。殿方同士の、ああいう姿を見せられたものですから……。少々、のぼせてしまったようです。不覚……ですわ」


「アハハハ……。ああいうのを見せられては、動揺して当然ですよねー。かくいうわたしも、頭ぼーっとしてます……。アハハハハ……」


「フフッ……そうですわね。ですが殿方同士の交わりに、深い尊さを感じてしまうとは……。わたくしもまだまだ、メンタル面に弱さあり……ですわ」


「尊さ……ですか……。尊さ……尊さ……尊さ…………」


 メグリから借り受けたスマートフォンで見た、美青年同士が絡む漫画。

 リムはその魅力を上手く言語化できず、胸の内にモヤモヤを溜めこんでいた。

 しかしフィルルが発した「尊さ」という言葉に、その解を見出した。


「……尊さ! この感情……尊さですっ!」


「えっ……!? なっ……なんですの? いかがなされましたのっ?」


 突如声を張り上げるリムと、それに驚き、ビクッと身を震わせるフィルル。

 リムはフィルルの正面からその両手を掴み、顔を寄せて、早口で自身の中に芽生えた「感情の正解」をぶちまける。


「フィルルさんは、男性同士の絡みを見つつも、そこに自分も混ざりたい……という淫欲は、抱かなかったのではないですか? ひたすらに尊い! 己が混ざればその尊さが失われてしまう! そういう客観視的な思いに、悶々としているのではないですか!?」


「……えっ? え、ええ……。確かに、あの光景を美しいと思いつつも、自分が混ざりたいという欲求は、不思議と起きなかったように思えますわ。わたくし、己の容姿には自負がありますが……。それでも、あの場に自分を交えては、尊さが下品に落ちる……という戒めを覚えます」


「……フィルルさんのような美人でも、分け入ることが許されぬ領域……尊さ……。ありがとうございますっ! 言葉にできずモヤモヤしていた感情が、ようやく口にできました! 尊さ! 尊さですっ! ありがとうございましたっ!」


「あ、あの……リム? あなた……なにを仰ってるの……?」


 ハイテンションで「尊さ」を連呼するリムに、引き気味のフィルル。

 しかし、得も言われぬ「同志」的な感情が、この場からの離脱を許さない。

 固まっているフィルルの前で、リムは常備しているバインダーを取り出す。

 それからフィルルの袖を引っ張って、城塞の壁際へと誘導。


「実はわたし、こういうものを描いていまして……。フィルルさんでしたら、同好の士として、ご理解いただけるのでは……と」


「こ……これはっ!?」


 リムがフィルルへ見せたのは、メグリから借り受けたスマートフォンに保存されていた、美青年同士が愛し合う漫画の模写。

 その高い記憶力によって再現された「令和日本産のBLボーイズラブ漫画」は、フィルルへ絶大な衝撃を与えた。

 フィルルは故郷でチャームポイントとされている細目をカッと見開いて、リムが精緻に模写した漫画の一幕を凝視する。


「リ……リム。これは……いったい……?」

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