第202話 混ぜるな危険
──鉛筆で描かれた、青年同士が愛し合う漫画。
それに目を奪われたままのフィルルの、桃色の頬を眺めながらリムは答える。
「……漫画です。絵に描かれた人物に人格を与え、会話をさせ、命を吹きこむ表現。この漫画の中では、表現は自由にして無限……。わたしは密かに、己の妄想を描き連ねていました」
「な……なんという儚く、美しい
フィルルはリムのバインダーを割りそうなほどに指先へ力をこめて、熟視。
一通り目を通したのち、「はあ……」と熱い感嘆を漏らしながら、城の外壁へ背を預けつつ脱力。
「すばらしいわ……。わたくしはこれに巡り会うために、この城塞へ来た……とさえ、思えてしまうほどに。ああ……動悸で心臓が張り裂けそう……」
「お褒めくださり、ありがとうございます。でも実はそれ、ほとんど模写なんですよね……。きょうの試験で得た知識を元に、オリジナリティーを培っていきます」
「オリジナリティー……ですか」
リムはフィルルの手からバインダーを取ると、鉛筆で加筆を始める。
メグリの楽器で見た漫画では、局部の要所要所を黒い線で覆う検閲がなされていたが、リムは先ほど見た実物を参考に、隠蔽箇所を克明に作画。
フィルル同様頬を赤らめながらも、真摯に人体の描写と向き合うリム。
その真剣な横顔に畏敬の念を覚えたフィルルが、唇を震わせながら開口。
「で、で、で……。でしたら……その……。お、折り入って……恥を忍んでの、お願いが……あるの……ですが……」
「……はい?」
フィルルが細く長い右人差し指をおずおずと伸ばし、漫画の中の黒髪の青年を、マニキュア鮮やかな爪の先で指した。
「こ、こ、こ……こちらの長身の、殿方に……。め……めが、め、め、め……」
「め……?」
「め……眼鏡を描き足しては……いただけない……でしょうか? さすればオリジナリティーも、少しは増すのではないか……と?」
「……眼鏡、ですか。もしかしてフィルルさん、眼鏡をかけた男性がお好みで?」
フィルルは紅潮した顔全体を手で覆い隠しながら、うんうんと頭を前後に振る。
強豪、剛腕の評判を響かせるフィルルが見せた乙女全開のしぐさに、リムは微笑ましさを禁じ得ない。
「……アハッ。わかりました。眼鏡ですね」
「で、できれば……ですが……。リムさんのような、愛嬌のある丸眼鏡ではなく、冷徹な印象の、四角い眼鏡の……ほうが……。たとえば受験者の、セリ・クルーガーがかけているような……ものが……」
「わかりますわかります。クールなイケメンなら、レンズはやはり長方形ですよね。実はわたしも、反映したい自分の趣味がありまして……。その要素はこちらの、もう一人のキャラへ……」
顔を隠したままのフィルルの要望を快諾し、リムは筆を進め始める。
(入團試験を受けに来て、ラネットさんと出会って……気づいたんですよね。わたしはストレートなイケメンよりも、ああいう中性的な顔立ちが好みかも……って。もしもラネットさんが、想い人と再会できてなかったら、わたし……。アハハハ……)
漫画に描かれている、黒髪の青年と白髪の青年。
リムはリクエスト通りに黒髪の青年に眼鏡を加筆しつつ、白髪を青年を、ラネットの顔を参考にしながら若干幼めに改稿。
チームメイトを淫猥な漫画のモデルにする背徳感に胸をざわつかせながらも、なにかに取り憑かれたかのように筆を走らせる。
「で、できました……。これで、いかがでしょう……」
リムの声を受けて、顔を覆っていた両手の指を、恐る恐る扇状に広げるフィルル。
細長い指の隙間から、黒髪の眼鏡青年と、白髪の丸い瞳の美少年が、肉体を絡ませ合う画がフィルルの瞳に飛びこんでくる。
「ブッ……!」
瞬発的な大興奮により、フィルルの鼻腔の毛細血管が破裂し、出血。
フィルルは垂れ落ちる鼻血を左手で隠しながら、右手でバインダーを受け取った。
「おおぉ……。まさにわたくしの、理想像の眼鏡男子……。すばらしい……。そしてリムさんは、こうした愛らしい少年を……お好みなのですね……」
「アハハハハ……。お恥ずかしいです……」
「……で? こちらのこの二人は、どのような関係性ですの?」
「……えっ?」
「関係性…………ですわ!」
フィルルは形よく尖った顎の先端から血の糸を垂らしながら、ずずい……とリムへ詰め寄る。
一方のリムは、未想定の質問とフィルルの気迫にとまどい、顔を引きつらせながら上半身を反らした。
「え、ええと……。そ……そこまでは、考えていませんが……。アハ……」
「漫画というものは、人物に人格を与えるものなのでしょう? ならばこの二人には、しっかりとした関係性が必要ですわ! 二人はどういった身分で、どうやって知り合い……。そしてベッドの上では……どちらが攻めて、どちらが受けているのかの
「ご……ごもっともな、ご意見です……。ですがこれ、即興で描いたものですから、そこまでの深掘りはまだ……」
若干引き気味のリム。
そんなリムへフィルルは一旦バインダーを返却し、ハンカチで鼻血を拭き取りながら、少し落ち着きを見せる。
「でしたら……。二人は、家庭教師とその教え子……というのは、いかがです?」
「……あ、それいいですね! 教師と教え子の関係ですと、年の差カップルの印象が強まりますね! ということは、当然……」
「ええ……。ベッドの上であれこれ教えるのも、こちらの眼鏡の先生……ということに……。ウフッ……ウフフフッ……」
フィルルは笑みで頬肉を吊り上げて、下弦の糸目を限界まで湾曲させる。
ここまで引き気味だったリムも、頬の上気で眼鏡を曇らせながら前のめりになり、設定談議に激しく食いつく。
「で、では……。受け入れる側も必然的に、教え子ということに……!」
「ええ。関係性の進展次第では、
「な、なるほどぉ……。最初からあれもこれもと詰めこんでは、ストーリーが破綻しますものね! で、では……二人はどのようにして、出会うべきでしょうか?」
「そうですわねぇ……。男色家二人がいきなり出会うのも、性急すぎますし……。かといって二人ともその気がないのでは、関係も深まりませんしね……。ここはやはり、家庭教師が男色家で、教え子は性に疎く、なすがままに教えを受け入れる……というのは、いかがでしょう?」
「天才っ! フィルルさん天才ですっ!」
「あら、いやですわ。このようなことで知恵が回ったとて、ちっとも誇れませんもの……。リムさんの画才こそ、天才……いえ、鬼才だと、世に称えられるべきです」
「こ、この漫画はさすがに、世に出せませんから……。こうして、自分とフィルルさんとで楽しめれば十分です。それでこの二人の仲は、どのように進みますか?」
「……家庭教師の手により、性の快楽に目覚め、愛玩少年と化す教え子。しかし鬼畜眼鏡は、教え子の愛らしさと無垢さにいつしか惹かれ、やがて二人は、真実の愛を紡ぎ合う……」
「おおおおおおおお~っ!」
二人は水を得た魚のようにはしゃぎ、汲めど尽きぬ井戸のように言葉を交わす。
文才を秘めていたフィルルと、画才の持ち主であるリムが出会ったことにより、いまこの世界の、山奥の城塞の片隅で、
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