第198話 下山

 ──二次試験・学問。

 チームとんこつでこの試験を担当するのは、チームの頭脳、リム。

 そのリムはいま、戦姫團所有の幌馬車に乗せられて、城塞から下山中。

 つづら折りの未舗装の道を、馬車がガタガタと揺れながら走る。

 登城時と同じく、幌の外の景色を見るのは禁止。

 そして、私語禁止。

 同乗しているステラ、フィルル、カナンも、口を閉じてだんまり。


(……おしゃべりOKだとボロ出ちゃいますから、わたし的には私語禁止は願ったり叶ったり、ですね。ステラさんはわたしたちの替え玉を知ってますし、フィルルさんは替え玉中のラネットさんと共闘してますし)


 ──ゴッ!


 車輪が石に乗り上げたのか、馬車全体がやや縦に揺れた。

 衝撃でリムの体が右手へ揺れ、隣に座るフィルルの体に当たった。

 私語禁止ゆえ、リムは無言でぺこぺこと謝罪。

 フィルルは微笑を浮かべ、「気にしないで」と無言で応じた。


(フィルルさんの体、まったく揺れていませんでした……。さすがの剛腕二刀流。体幹を鍛えまくっているのでしょう。それにしても……。なぜわざわざ、学問の試験を麓で行うのでしょう?)


 ──時はほんの少し前、午前8時半。

 戦姫像正面の芝生の一帯、戦姫のいくさ

 学問試験の集合場所として指定されていたそこに、16人の受験者全員が、一次試験時の成績順に整列。

 列の前に立つのは、戦姫團副團長のロミア・ブリッツ。


「遅刻の子は……いないわね。じゃ、これから4人ずつ、馬車へ分乗してもらうワ。きょうの試験会場は、麓の兵舎。予備試験を受けた、あの建物ヨ?」


 受験者のうちの数人から、「えっ?」という声が小さく上がる。


「なぜ城塞の外へ行くのか……という質問には、答えられないワ。それから、わたしが試験終了を宣言するまでの間、私語禁止。私語のたびに、ビシビシ減点するわヨ。ンフフフッ♥」


 笑顔のロミアが、手にしているバインダーへペン先をちょんちょんと当てながら、「私語の回数、きっちりチェックするわヨ?」というそぶりを見せた──。


 ──戻って現在。

 リムが出発前の回想を終えたころには、馬車もかなりの距離を進んでいた。


(体感的に、カーブとカーブの間隔が長くなりました。馬車も減速気味……。そろそろ麓、でしょうか?)


 リムの予想通り、大して間を置かず、馬車が停車。

 約十日ぶりの城塞の外。

 しかし馬車は兵舎のわきへ停められており、荷台を下りた先は、兵舎の外壁。

 リムたちは久々の城下町の風景を目にすることもかなわず、馬車を運転していた女性兵によって、すぐに兵舎内へと誘導される。

 兵舎の中は、予備試験時に所狭しと並んでいた長机と長いすが、すべて端へ寄せられており、がらんとしている。


(わぁ……。この木造の兵舎、ほんの十日ぶりなのに、もう懐かしいですね……。でも学問試験だというのに、どうして机が片されて…………あら?)


 細長い造りの兵舎。

 リムたちが入ってきたドアから見て奥に、人の姿がある。

 棒立ちの若い男性と、そばに女性兵が一人。

 あとから入ってきた受験者に押されるようにして、リムはその二人へと近づく。


(えっ……?)


 リムは胸の内で、軽く驚いた。

 若い男性は、宿舎内に立つ丸太の柱に縛りつけられていた。

 両足首と、肋骨の最下段付近が、麻縄で柱に巻きつけられている。

 両腕は柱の背後へと回されており、手首も縛られている様子。

 口には白い布でさるぐつわが噛まされ、発声はできず、呼吸は鼻の穴のみ。

 ベージュのロングパンツ、薄茶色の長袖シャツに濃茶色のノースリーブベストという、一般市民然とした青年。


(年は二十歳前後……。顔は……上の下。いえ、中の上……くらい? ラネットさんと出会ってからというもの、どうにも中性的な顔立ちを好んでしまう嫌いが……って、そうじゃなくって! どうして試験会場に、拘束されてる男の人がいるのっ!?)


 先頭にいたリムを中心に、扇状に受験者の人垣ができる。

 拘束中の青年は、まるで品定めをするかのように、目を左右へ動かして、受験者たちの顔を眺め始めた。

 その受験者の人垣の端に現れたナホが、青年を見てすぐに口を両手で塞ぐ。


(……ケインッ!?)


 ケイン・ガルオン。

 ナホがラネットへ存在を打ち明けた、想いを寄せている幼馴染。

 物心ついたときには彼を慕っていたナホだったが、ケインにとっては単なる異性の友人にすぎないのか、ケインはたまの休暇で町へ下りてくる戦姫團の面々を見ては、鼻の下を伸ばしていた。

 ナホが戦姫團入りを目指しているのは、自分に視線を向けさせるためである。


(ケイン……こんなところで、なにしてるのっ!? その格好は……なんの冗談!?)


 ナホのきつい視線に気づき、すぐに眼球を斜め上へ逸らすケイン。

 間を置かず、試験官であるロミアが、兵舎へと入ってくる。


「はーい♥ みんな、8人ずつ、左右に並んでくれるゥ~?」


 ロミアは受験者たちを左右へ分散させて、ケインの前に花道を作るかのように、左右へ8人ずつを並べさせた。


🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🟡←女性兵

⚪⚪⚪⚪⚪⚪⚪⚪🔵←ケイン

🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🟣←ロミア


 まったく試験の意図が読めないといった目で、ロミアを見つめる受験者たち。

 その意を受け止めながら、ロミアが笑顔を作る。


「それでは二次試験の学問の部、始めま~す。これから皆さんには、彼のを見てもらいま~す♥ ウフフフッ♥」

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