二次試験・学問
第197話 月 -MOON-(2)
──早朝。
夜間の巡回兵、二人の遺体発見。
その報はすぐに、そして秘密裏に、城塞内のエルゼルの耳へ届いた。
緊急の対策会議のため、朝食を摂る前の上官たちが招集される。
会議室へ並ぶのは、戦姫團團長のエルゼル、副團長のロミア、砲隊長のノア、楽隊長のヴェストリア。
研究團からは、「目」ことシーと、「鼻」ことアリス。
エルゼルが席を立ち、得ている情報を話す。
「……防火帯を巡回中の二人が殉職。亡骸の状態から見て、蟲によるものと断定できる。防火帯の巡回は、6時間おきの一日4交代制」
エルゼルが黒板へチョークで正円を描き、その中に十字の線を引く。
続けて4等分された円の、向かって右上のスペースに「0~6」と記入。
「巡回は、4カ所ある見張り所に詰めた8人で、二人組のローテーションを組んでいる。死亡したのは、午前零時から同6時を担当する二人だ」
その説明を受けて、シーが固く腕を組み、数回頷く。
「蟲が出現したのは、夜中から早朝……でしか。いまは5時半くらいには、日は出てるでしが……。過去の記録においても、一番早い出現時刻は8時前後でしなぁ。この一帯の朝は、夏場でも涼しいでしから」
「軍医によれば、遺体の状態や血の乾きかたから、死後数時間が経っているそうだ」
「さすれば、やはり夜間の出没でしか……。きのう森に現れた、イレギュラーな個体……。もしくは別のイレギュラーな個体……でしか」
──蟲は夜間に活動しない。
50年近く戦姫團に蓄積されたデータから、導き出された結論。
それがいま、覆されようとしている。
新たな殉職者と、新たな種の蟲の出現に一同が押し黙る中、ロミアが挙手をして立ち上がる。
「……團長はふれなかったけれど、もう一つ気がかりなことがあるの。二人の亡骸の損傷具合には差があって、一人は大顎による咬傷、一人は鎌による裂傷。後者は恐らく、顔移しの対象とみなされず、出会い頭に前脚で殺されてる。前者は顔移しの末の落命。この前者の子は……眼鏡をかけていたの」
ロミアは右人差し指で、目と耳の間をさすりながら、話を続ける。
「『目』の手前、申し上げにくいンだけれど……。蟲が顔移しに選ぶ顔は、人間の男性の嗜好と共通してるワ。眼鏡の女性は、顔移しの対象にならないと言われてるの」
「あちしに遠慮する必要はないでし。確かに蟲との戦闘記録から、そういう通説が導き出されてはいるでしな」
「そして蟲は、擬態している容姿に似た顔を、顔移しの相手として選ぶ傾向が強い。このことから、昨晩出没した蟲は例外的に、眼鏡をかけているのかもしれない……。きのうの樹上戦特化型の蟲は、眼鏡はかけていなかったわよね?」
「……でしな。さすれば、夜行型のイレギュラーが、別にいる……ということでしか。美貌の副團長ならではの着眼点でしな」
一旦そこで、ロミアとシーの会話が終わった。
間を置かずに、ヴェストリアが挙手。
「それでは、夜間も聴音活動が必要……ということでしょうか? 『耳』一人では、24時間の監視は不可能です」
既に代替案を用意していた様子で、エルゼルが即答する。
「夜間の索敵活動については、ひとまず巡回兵の増員と、警戒心の徹底で対応。そして皆の反対がなければ、身柄を預かっている例の海軍のスパイ一人と、調理婦として雇っているイルフの一人を、この任のサポートにつけたい。両者とも夜目が利き、森での移動に慣れている。部外者ではあるが、両者とも元々蟲の存在を知っている上、細かいことにこだわっている局面でもない。いかがだろうか?」
しばしの沈黙のあと、ノアが落ち着いた様子で、すっ……と挙手。
「増員の巡回兵は、わが砲隊から出させてください。殉職者を出したきのうの戦闘に参加できず、忸怩たる思いを抱いている者が多くおります」
「……わかった。ほかに意見は?」
「……ありませんな」
ノアが手を下ろし、目を伏せて腕を組む。
海軍嫌いのノアは、海軍のスパイを自軍へ組みこむことへ激しく反発するだろう……という周囲の予想を裏切って、そこへはいっさいふれずじまい。
昨晩メグリから受けた、「山だの海だので争うな」という叱責が強く効いていた。
再びの場の沈黙ののち、ここまで発言がなかったアリスが挙手。
「入團試験は、このまま継続ですか? この、蟲の相次ぐ出没です。適当な理由をつけて試験を中断し、受験者を一時下山させる……。もしくは現時点の受験者全員を合格として後方支援に配置し、従者は帰国させる……という、特例の判断もありかと」
「それも考えましたが、やはりこのまま継続です。残る学問と武技の試験、いずれも蟲との戦いに必要な知識と経験。試験として授けたほうが、身に着きやすいでしょう。日程も、きょうを含めて残り二日。下手に騒ぎを起こすより、蟲への警戒強化でしのぐべきです」
「……なるほど。実質上の訓練、というわけですか。了解しました」
「ご友人の蟲の専門家へも、そのように伝えてください」
「それはご自分で……と言いたいところですが、ご多忙でしょうから承ります」
アリスの質問を最後に、会議室が終了の空気に包まれる。
それを察して、エルゼルが締めに入った。
「……では、夜間の索敵に関する会議は以上。夕刻に再度、夜戦の在り方について綿密な打ち合わせを行う。この後の学問試験は、副團長が試験官。死亡者が続く状況だが、受験者に不審と不安を与えぬよう、いつもの副團長で頼む」
「……わかってる。だけどあの試験は、受験者の子たちこそが、平常心を保てなさそうだけども……ネ。ウフッ」
ロミアが抑え気味に、エルゼルへ笑顔を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます