二次試験・歌唱

第183話 死刑囚 -HANGED MAN-(1)

 ──翌日、午前。

 入團試験の二次試験・歌唱部門当日。

 試験官と採点の任を、夜に控える戦姫團は、城塞を取り囲む防火帯にて、新たな蟲と交戦していた。

 出現数は1体。

 先日の個体と同程度のサイズ。

 迎え撃つ戦姫團は、先日の経験を糧に、負傷者を出すことなく、戦いを進めた。


「……制空班、ワイヤーの展開、完了しましたっ!」


 鋼線と麻縄を縒って作ったワイヤー。

 それを蟲の頭上で×印状に張った女性兵たちが、樹上で声を上げる。

 蟲の飛翔を妨げる、簡素ながら効果の高い工作物。

 このワイヤーの下から移動させじと、前方に二人、後方に一人の長剣の兵を配し、蟲の意識を前後に散らして、立ち往生させる。

 後方に配されていた女性兵が、気炎を上げて右後脚の膝関節部へ斬りつける。


「でやああああっ!」


 右後脚が関節部から分断され、膝から下が地へと倒れた。

 とげとげしい脚の先端のせつが、なにかに掴まらんと、ぴくぴくと蠢き続け、地面を掻く。

 後脚の切断を成し遂げた女性兵がすぐに離脱しながら、蟲前方の女性兵たちへと大声で伝令を発する。


「3班っ、右後脚切断成功っ! これより左後脚への攻撃に特化するっ!」


 蟲右半身の前脚の鎌の対処、ならびに中脚の切断に当たっている、1班の女性兵がそれに呼応。


「なれば1班は右中脚への攻撃を果敢に継続っ! 踏ん張りが弱まった右半身をさらに不安定とさせるっ!」


 女性兵たちの戦いを、布陣の後ろでエルゼルとロミアが見る。

 エルゼルは危なげなく戦う部下たちに、満足気な表情。


「この個体は、前回に比べて幾分動きが緩慢……というのもあるが、皆の動きがいい。緒戦から間が空いておらず、戦いのイメージが鮮明に頭にあるからか」


「特にあのメグリさんの動きが、いい作用を生んでいるのヨ。肉体は脳のイメージに引っ張られて、能力が向上する……という研究結果もあるそうヨ?」


「副團長は前回の戦い以来、あのタヌキ女びいきのようだな?」


「あのあとにも一度、助けられてるものネ。好かない理由がないワ。妬ける?」


「タヌキに嫉妬するのは、なかなか難しいな。フッ……」


「あら? 彼女に応援を要請してないの、あの強さに妬いてるからだと思ってたわ。ウフッ❤」


「いつになく手厳しいな、副團長。奴の力量は、すなおに認めているさ。だからこそ、砲隊とともに城にいてもらった。いざというときのために……な」


「……蟲が群れを成すのも、時間の問題だものね」


「それに元々、われらの力で倒さねばならぬ相手。奴に頼るのは、ここぞという場面だけでありたい」


 隙のない姿勢で会話を交わしながら、部下の戦いを見守る團長と副團長。

 その会話を、さらに後方で聞いていた陸軍研究團のシーとアリスも立ち話を開始。


「にしししっ。美貌の副團長がメグリ氏に興味をお持ちのようでしが、正妻の鼻氏としては、心中穏やかではないんじゃないでしかぁ?」


「ふふっ……。わたくしとメグリの絆は、そんなヤワなものではありません。ましてこのよわい、いまさら嫉妬など。ですが……」


「でしが?」


「……いえ。なんでもありません」


 うっかり「ですが」と口を滑らせたアリスは、きつく口を真横に結ぶ。

 その脳裏に、異世界の機具スマートフォンを覗きこんでは、だらしない笑みを浮かべる、メグリの顔が浮かぶ。


(同性のわたくしを、深く深く愛してくれるのに、なぜか美少年同士の肉交を描いた絵物語を、こよなく愛するメグリ……。自由奔放もまた彼女の魅力とはいえ、あの趣味だけは解せません。わたくしの嫉妬の対象は、絵物語の美少年たちと、それを紡ぎだす漫画家という人種だけ…………はっ!?)


 ツン……と、アリスの鼻が、蟲が持つ独特の体臭に反応。

 アリスはとっさに、シーの小柄な体を抱きかかえて跳躍。


 ──ザシュッ!


 それまでシーが立っていた位置に、わきの繁みから蟲の鎌が飛び出してきて、地面を深く抉った。

 アリスのとっさの回避行動がなければ、シーの小さな体は、鎌の内側に並ぶ鋭利な突起によって、ズタズタに引き裂かれていた。

 アリスがシーを抱き起こしながら、声を張り上げる。


「蟲っ! 森の中に蟲がいるわっ! わたくしの腕の先! みんな離れてっ!」


 蟲が潜伏する森の一帯へ左腕を伸ばしつつ、距離を取るアリス。

 反射的に、戦姫團の一群がアリスが指し示す繁みから距離を取る。

 シーも体を丸めて、ごろごろと前転で移動しながら緊急回避。

 木々の隙間から突如現れた鎌は、その先端を音もなく地面から離し、するすると森の中へと消えていく。

 その様を見ていたエルゼルが、緊迫の声を上げた。


「森の中に蟲……だとっ!? あの巨体で、木々の隙間を縫えるはずがない!」


 猜疑心全開で、鎌が消えた藪を見つめ、抜剣の姿勢を取るエルゼル。

 その間合いの外で「目」ことシーも、眼鏡の縁を2本の指でつまみながら、人並み外れた眼力で森を凝視。

 立ち並ぶ木々と、それが広げる枝葉。

 そのほんのわずかな隙間を捉え、森の中に蠢くものがないかを、異能の目で監視。


「そこの一帯には……蟲らしきものは見えないでしね……。人間の肌の色、すなわち蟲の擬態部は、森の中でも視認しやすいのでしが……」


 シーの異能ぶりの発揮に、アリスも続く。


「匂いも……弱まっている。つまり、移動済みということ……。團長っ! 早く樹上の兵を下ろさせてっ!」


 エルゼルがアリスの助言に頷き、すぐに声を空へと上げる。


「……制空班ッ、ただちに降下ッ! 樹上から下り、最寄りの隊列に合流せよっ!」


「はっ! んっ…………えっ!? きゃっ……きゃあぁああっ!」


 先に交戦中の、ワイヤー下にいる蟲を正面から見て左手。

 その樹上に配されていた制空班の女性兵一人が、眼下へ顔を向けて悲鳴を上げる。

 次の瞬間、女性兵が両腕を真上に伸ばした姿勢で、垂直に森の中へ落下。


 ──ザザザザッ、パキッ、ズザザッ、バキッ!


 肉体と枝葉が擦れ、枝が折れる音が、樹上から地面近くへとすばやく続いた。

 明らかに、何物かに引きずり落とされた様相。

 たまらずエルゼルが、音が途切れた辺りに目がけて駆けだす。


「副團長はそのまま、現在交戦中の全3班を指揮ッ! 後方部隊から数人、わたしに続いて森へ入れッ!  それから『目』! われらの背後から蟲の視認を頼むッ!」


「あちしを連れていくのは賢明でしねぇ。直接的な戦闘には参加できぬゆえ、あらかじめご了承をば~」


 先陣を切って、果敢に森へ飛びこむエルゼル。

 それに4人の女性兵が続き、さらにその後ろをシーが両手をばたつかせて追う。

 エルゼルは極力、木々の間隔が広い進路を取りつつ、時折、幹回りが大きい樹木の陰に身を置く。

 後続の女性兵とシーもその動作を模し、突然の襲撃に備えた。


「うぁ……ああぁ……かはっ……。あぐっ……ぎ……ごふっ……」


 やや高い位置から聞こえてくるくぐもった悲鳴と、それに混ざる吐血のせ。

 そして辺りに漂い始める、濃い血の匂い。

 部下の危機を案じて逸る身心を鎮めながら、エルゼルはいま身を隠している樹木から、慎重に体を出す。


「……むッ!」


 森の中にある、わずかばかりの平地。

 そこに地から生える、子どもの背丈ほどの、表面が滑らかな岩。

 その岩へ、ぽたぽたと赤黒い血液が、上から垂れ落ちてきている。

 エルゼルは剣を抜き、上半身の防御姿勢を取りながら、ゆっくりと樹上を向く。


「こッ……こいつはッ!?」


 エルゼルの前方頭上には、上下逆さまの姿勢の蟲。

 後脚と中脚を、それぞれ別の高木に引っかけて体を支え、前脚の鎌はいつでも真下へ繰り出せるように、体の両脇に構えられている。

 人間の擬態部にある両腕には、囚われの女性兵の姿。

 半分齧られている首から、もう体内に残り少ないであろう血を滴らせている──。

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