第二部 魔蟲殲滅編

それぞれの想い

第163話 開放

 ──戦姫團入団試験、一次試験合格発表の翌日。

 馬車による、不合格者の麓への送り届けが、早朝に行われた。

 最後の不合格者を乗せた馬車が城塞を出たところで、合格者16人とその従者が、城塞の中央棟にある講堂へと集められる。

 合格者が成績順で横一列に直立し、各々の連れの従者がその背後に並ぶ。

 数名の自信家を除けば、皆、緊張の面持ち。

 壇上の演台に立つ戦姫團團長・エルゼルが、前置きなしに用件を語り始める──。


「きみたちの入團の最終的な合否を問う二次試験では、屋外の施設も用いる。よって本日より二次試験合格発表まで、屋外施設の利用を許可する。城塞入りしてからずっと屋内での生活で、肩も凝ったろう。きょうあすは試験の中休みだ。外の空気を吸い、存分に羽を伸ばすがいい」


 次いで副團長・ロミアが受験者たちの列の前に現れ、成績16位だったシャガーノの前から首位のリムまで、横顔を見せて歩きながら、補足の説明をする。


「……副團長のロミア・ブリッツよ? さっそくみんなを外へ案内しちゃうワ。首位から順番に、1列になってわたしのお尻についてきて。ウフッ♪」


 成熟した女性の色香を放ちながらも、あどけない少女のような笑顔を見せる、副團長、ロミア・ブリッツ。

 これまで入團試験には関与せず、その裏でむしの警戒の指揮を執ってきた、エルゼルに次ぐ女傑。

 そのロミアが入團試験の場に姿を見せたのは、これから始まる二次試験が、蟲との戦闘に直結することを意味しているが、受験者たちは知る由もない──。

 一同はロミアに引率され、講堂を抜けてコンクリート製の通路へ。

 広報部隊でもある戦姫團は、各地で陸軍の広報活動を行っているため、ロミアの美貌を既知の受験者も多いが、ラネット、リム、ルシャの「チームとんこつ」は、彼女を初めて目にする。

 ロミアの真後ろを歩く成績首位のリムは、ヒップの左右の隆起を前後させながら歩くその後ろ姿に、目が釘づけになった。


(な、なんて肉感的な女性ひと……。戦姫團は美人が多いけれど、女らしさや色気で言えば、間違いなくこの人が頂点。ご尊顔はもちろん、このあでやかな後ろ姿もしっかり記憶して、漫画の表現に生かさないと……!)


 漫画で生計を立てていくと腹を括っているリムは、一次試験首位通過者でありながら、頭の中は漫画のことでいっぱい。

 ロミアの背後という特等席で、眼鏡の蔓を指先で握り締めながら、その後ろ姿を凝視する。


(この美しさを漫画で生かすには、あえて頭身は写実的にしつつ、各部位の魅力を強調する作画になるでしょうか……。もしも、この後ろ姿をカバーイラストにして漫画の本を出せたなら……。世の男性が「正面を見たい!」とこぞって購入…………ってダメダメ! わたしは子どもたちのために、漫画の先生になるんじゃない、リム!)


 そう葛藤しながらも、美容院の娘として育ったリムは、美人の観察に余念がない。

 やや背を丸めてロミアを凝視しているリムを、後ろにいるラネットが不審がる。


(あれぇ? リムってば、副團長さんのことめっちゃ見てる……。ボクらのチーム、リムだけは男の子好きだと思ってたけど、ああいう年上の美人さんが好みなのかな……?)


 一部で誤解を生みだしながら、受験者の列は進む。

 ほどなく先頭のロミアが、厚い金属製の、両開きの門の前に立つ。

 門の左右にいた女性兵二人が、手際よく二重のかんぬきを外し、やや重そうに門を内側へと引いた。

 明るい日差しが通路へと差し込み、屋外の爽やかな風が通路を走り出す。

 その先には低く刈られた芝生の一帯と、高さ数メートルの石積みの外壁が見える。

 一人先に屋外へ出たロミアが、舞踏のような軽やかなしぐさで片足を軸にくるりと振り返り、両腕を左右へ広げ、満面の笑顔を浮かべた。


「さあ……いざ城塞の表へ! 全員出たら戦姫像へ向かって、講堂と同じ要領で並んで!」


 ロミアは両腕を広げたまま、後ろ歩きで受験者たちを芝生の上へ誘導。

 ある程度下がったところで、足をピタリと止める。

 その位置まで下がれという指示を理解した受験者たちは、講堂と同じようにリムを左端にして横一列に並び、その背へ従者を従えた。

 受験者たちの前にそびえる、4階構造の城塞の壁面いっぱいに象られた、美しい乙女の白亜の裸像。

 両手を胸元で組み、腕で乳首を隠すその戦姫像は、へその下に、いま受験者たちがくぐってきた門を備えている。

 女性器の暗喩にも思える門の位置に、リムが苦笑を向けた。


「ここへ初めて来たときも、思いましたけれど……。意味深なところに、門ありますよね……。アハハ……」


 蚊の鳴くようなリムの独り言だったが、ちょうど傍らにいたエルゼルがそれを耳で拾い、歩み寄ってきて反応。


「……察しのとおりだ。城塞の正門は、戦姫ステラの産道を意味している。われら戦姫團の兵はみな、戦姫ステラの娘たち……というわけだな。男子禁制の城塞ゆえに、下卑た妄想をする者もいるまい」


「そ、そうでしたか……。アハハハ……」


「しかし戦姫ステラが、タヌキ女だったとはな……。われらが皆、あのタヌキ女の娘……。冗談……実に悪い冗談だ……。くっ……!」


 今度はエルゼルが、蚊の鳴くような声でつぶやいた。

 リムの耳には届かない独り言。

 エルゼルは戦姫像の背にして受験者の列の前に立ち、パーツすべてを引き締めた顔で、厳しめの声を上げる。


「……二次試験は、一次試験とは日程が異なる。初日に歌唱。翌日に学問。そして翌々日に、武技の部門を行う。先ほど言ったとおり、あすあさっては中休みゆえ、初日は三日後になるな。詳細は、追って伝える」


 言い終えるとエルゼルは、2メートルほど後方へ低く跳躍。

 着地と同時に抜剣し、高さ数センチの芝生の頭をわずかに刈り取って宙に舞わせ、そのまま長剣を鞘へと戻した。

 山風に吹かれた芝生の欠片が、受験者たちの前を通り過ぎていく。


「ちなみに武技部門の会場はここ、『戦姫のいくさ』だ。ただの芝生広場だと思ったら、大間違いだぞ。城塞内の施設はすべて、戦いへと繋がっている。フフッ……」


 エルゼルの言葉を受け、ある者は足下の芝生を見下ろし、ある者は自分たちがいる一帯を囲む水路に目が行き、またある者は戦姫像を見上げた。

 そしてルシャは、列の右手の奥にいる、セリの横顔へと顔を向ける。


(受験者同士の戦い……いよいよ来るか! リムにラネット……それに、師匠に無理言ってやらせてもらう二次試験だ! オレとエロ眼鏡がカチ合う内容であってくれよ……!)


 朝日を受けて顔を白く輝かせる、戦姫像。

 その頭頂部のわき、城塞の屋上。

 一昨日、ラネットが壁面のはしごを登りきった位置。

 そこに、小さな人影が現れる。

 その人影に、たまたま一早く気づいたカナンが、高音の甘い声でつぶやいた。


「あれれーっ? 屋上に、だれかいるよっ?」


 それを受けてまず、カナンの周囲の者たちが顔を上げる。

 その挙動が波紋のように、受験者たち全体へと伝播。

 列の左端にいたラネットは、屋上のシルエットを見て、驚愕する。


「……トーンッ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る