第162話 戦姫の試練(5)

 ──その日の夜。

 城塞西棟にある陸軍研究團エリアの、アリス私室。

 メグリから夜這いの宣告を受けていたアリスは、浴室で丹念に身を清めたあと、ネグリジェの下に、細かい装飾が施された黒い勝負下着を忍ばせた。


「フフ~ン♪ メイクはあくまでナチュラルに……。気乗りするためのお酒も準備よし……と! ああぁ……いよいよ今宵、52年ぶりにメグリと身を重ねられるのね! こんなおばあさんを愛してくれるなんて、本当メグリは、わたくしの女神だわ!」


 ──コンコン。


「あっ……は~い!」


 心底待ちかねたノックを耳にし、慌ててアリスがドアへと駆け寄る。

 一瞬、鍵穴を通じて異臭が鼻を突いたが、警戒心よりも色欲が勝り、そのまま勢いで施錠を解いてしまう。

 ドアを半分開けて、むっちりとした半身が室内へと入ってくる。


「いらっしゃ~い、メグ……リ……? ひっ……?」


 二の腕、脹脛、そして腹部にたっぷりと脂肪を蓄えた、体が妙に丸いメグリ。

 その顔は赤く、アルコール臭を漂わせている上に、脂臭とニンニク臭までも、ミックスされている。

 ソバカスは普段よりも多めで、脂ぎった赤いニキビもポツポツと散見される。


「いや~。戦姫の力使うのって、やっぱ『元気の前借り』みたいでさ~。思いっきりリバウンドしちゃったわよ! あははっ!」


 ぶよぶよの肉塊と化したメグリが、ドアに半身を挟めたままで話を続ける。


「あと、エルゼルちゃんから秘蔵のブランデーごちそうになっちゃって! それがあんまり美味しくてさぁ。つい厨房で、締めのラーメンとギョーザやっちゃったわけ! いまのわたしの肌年齢、四十路くらいかも。あははははっ!」


 日中、蟲との戦闘中に見た凛々しいメグリとのギャップに、アリスは思わず悲鳴を漏らしてしまう。


「ひいいっ……!」


「でもまだアリスのが20くらい年上だから、いいよね~♪ さて、夜這い夜這い!」


 メリメリ……とドアの隙間を押し広げながら、メグリが室内へ入ろうとする。

 アリスはとたんに手に力を入れ、ドアノブを押してその侵入を全力で拒む。


「だ……だ、ダメえええぇえっ! わたくしのメグリは、いつだって凛々しくないといけないのっ! 今夜のあなたはイヤあああっ! 帰ってええぇええっ!」


「ええええぇ~! きょうはいろいろ頑張ったのにぃ! アリスだって、わたしがカッコよく蟲倒すところ見てたでしょ~? それにわたしだってねぇ。あんたとのエッチ、すっごく楽しみにしてたのよぉ!」


「それとこれとは話は別っ! 三十路相応に戻るまで、ここは出禁よっ!」


 ──バタン!


 アリスに押しきられ、ぷるんっと室外へ戻されてしまったメグリ。

 ツルギ岳の頭上で瞬く満点の星空に、メグリのしょげかえった声が響いた。


「そっ……そんな~っ!?」


 メグリ、この日最後の勝負も……負け!


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※とんこつTRINITY! 第一部 替え玉受験編 完

※とんこつTRINITY! 第二部 魔蟲殲滅編 2022年9月以降投稿開始予定


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