第153話 別離

 ──いまより52年前。


 まだ城塞が築かれていない、この地。

 土壁と木柵で構築された急造の陣地で、ツルギ岳を正面に、蟲の群れを相手の防衛戦が行われた。

 剣、槍、弓が主要な武器のこの時代、蟲の生態も研究されていない中、陸軍の兵が多大な死傷者を出しながら、その魔物染みた生物と戦い抜いた──。


 ──戦局を大きく好転させたのは、光の中から現れた16歳の少女。

 「蟲」というこの世界の異物を取り除くかのように、異世界から現れた救世主。

 異世界の戦術と知恵を残存兵に授け、神懸かり的な力で蟲を掃討──。

 この世界での使命を終えた少女を、白い光が覆い、元の世界へと返還し始める。


「……待って! わたくしも行くわっ!」


 後方支援部隊に属していた、若干14歳のアリス。

 輝く金色こんじきのツインテールを奔らせて、消えゆく少女へと正面から抱きつく。

 戦いの中、友情を育ませ、やがて身も心も繋げ合っていた二人。

 アリスは己の世界のすべてを捨ててでも、少女とともにありたいと決意。

 そんなアリスの両肩を、少女は微笑みながら優しく握り、細い体を押し返す。

 「一時の感情に流されてはいけない」という、少女なりの優しさ、愛。

 距離を取られたアリスは、少女の顔を見上げる。

 アリスと別れることへの悲しみを隠しきれない、憂いをわずかに秘める笑顔。

 それに、戦いの場で見せていた凛々しく真摯な顔、他人を茶化すときに浮かべた悪戯っ子のような笑顔……等々が、次々と重なっていく。

 アリスは自分の想いが一過性ではなく、永遠のものであるとあらためて確信し、渾身の力で再度抱きつく。


「……あなたがいる世界が、わたくしがいる世界なのっ!」


 少女もその想いに胸を打たれ、ついにアリスを抱き返す。

 やがて白い光が、二人の全身を覆う──。


 ──数秒後。

 薄まり、消えゆく光の中から、アリスだけが現れる。

 抱きつく対象を失ったアリスの体は膝から崩れ落ち、喪失感で脱力した腕は上半身を支えきれず、肘から先を地にべったりとつけ、額を雑草に擦らせた。

 恐る恐る顔を上げ、頭上を再確認するアリス。

 愛する少女の姿はなく、いつも通りの、この世界の青い空と白い雲、そして見慣れたツルギ岳の頂があるのみ。

 アリスは地に突っ伏し、悲痛な泣き声を上げた。


「……あああぁあああぁあああっ! ンあああぁあああぁあんっ!」


 その泣き声が届くか届かないかの離れたところで、一人の女性将校が、部下に大きな麻袋を提げさせている。

 麻袋の表面は時折もぞもぞとうねりを見せ、中に生き物がいることを伺わせる。

 女性将校がそれを見て、不敵に唇の両端を上げた。


針金蟲ハリガネムシ……か。さすがあの、女帝エンプレスと呼ばれていた大型個体に巣食っていたやつだけあって、生きがいい。たかがカマキリをあのような怪物に変貌させる生物、研究しない手はあるまいて。ふふっ……」

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