戦姫の試練

第154話 一次試験合否発表

 ──午後3時、講堂。

 陸軍戦姫團入團試験の一次試験、その合否発表が予定より数時間遅れで始まる。

 無論、受験者たちは戦姫團が蟲と戦っていたことは知らない。

 表向きは、防火帯に不審者の侵入が確認され、その捜索と、不合格者の下山時の安全確保のため……とされている。

 受験者たちへは正午過ぎに、不審者を捕縛したという報告と、不合格者の下山を翌朝に延期するという連絡がなされた。

 いま講堂には、受験者30人が1列10人のいすに3列で座り、結果発表を待つ。

 従者たちは講堂の後ろにて、不規則に立ち並んでそれを見守る。

 その従者たちの中に、フィルルの従者として城塞へ潜りこんだユーノの姿は、当然ながらない。

 フィルルは自前のメイクで、合否発表に臨んでいる。


(……ユーノったら、いったいどこへ消えたのでしょう。こういう晴れ舞台のために、高給で雇いましたのに。まさか、捕縛された不審者というのは、ユーノではないでしょうね?)


 そのまさかであることには、フィルルも想像が及ばない。

 やがて壇上の袖からエルゼルが現れ、演台に立つ。

 その身なりには乱れも汚れもなく、顔色には疲れもない。

 数時間前まで蟲と命懸けの戦いをしていたとは、受験者に露ほども思わせない。


「……お待たせして申し訳ない。これより陸軍戦姫團入團試験、その一次試験合否発表を行う。なおこちらの都合により、不合格者の麓への送り届けは本日中を予定していたが、明朝とさせていただく。この点も重ねてお詫びする」


 エルゼルが折り目正しく一礼。


「……一次試験の合格者は16人。成績良き順で、氏名を読み上げる。予備試験時に割り振った受験者番号は、ここでは省略する。名を呼ばれた受験者は返事をし、壇上へ上がり、左詰めで所定の位置に立ち、両手を体のわきにつけて堂内を向くこと」


 受験者の列の中ほどにいるイッカは、説明を聞きながら順位を予想。


(16人……。ステラとフィルル……あと、リムは確定。歌唱試験はかなり手応えがあったから、あたし、ディーナ、ナホの、ゴーレムのコア全破壊組も手堅い。二次試験のことを考えると、上位8人には食いこんでおきたいけれど……)


 同じく、歌唱試験に大きな手応えを感じていたフィルル。

 今度こそは自分が首位に違いないと、名前をまっ先に呼ばれる自信を抱き、すぐに立ち上がれるよう踵に力を込めている。


(歌唱試験ではリムがいい仕事をして、わたくしが派手に締めくくりましたものね。不愛想なステラがあの急造グループを強いられる歌唱試験で、好成績を出せるとも思えませんし……。予備試験で2位に甘んじた屈辱、雪がせてもらいますわよっ!)


 ステラは特に思慮を巡らせることなく、無表情で姿勢正しく座っている。


(……………………)


 そのステラを、左隣の席から視界の端で見ているセリ。

 かすかに記憶に残っている、歌唱試験の模様を思いだしている。


(ステラ・サテラ……。ハープの高音域のような響きを持った、美しい歌声だった。記憶力に難があるわたしでさえ、その声が耳にこびりついている。しかも、まるで一人だけ先行して歌っているかのような、不思議な存在感を放つ声だった。おかげでわたしは、歌詞を忘れることなく歌いきることができた……)


 セリの左の席では、カナンが喉の奥でかすかに歌を奏でながら、両脚をプラプラと交互に振って、合否の発表を待っている。

 さらにその左隣の席では、歌唱試験でラネット扮するリムたちと組んだ、紫色のサイドテールのシャガーノが、緊張の色を顔に滲ませている。


(……このカナン。同じ組だった女から聞いた話だと、ミーティング開始直後に歌ってみせて、そのスイートボイスで一発でグループをまとめあげたそう。それどころか、先頭のセンターに立ちながら……低音パートを一人で担当! 残りの5人は底上げされるかっこうで、高音パートを歌いきったという! その5人の成績次第では、わたし合格ラインに届かないかも……!)


 様々な思惑を交錯させている受験者を見守る、背後の従者たち。

 ルシャは一際、想う受験者の合格を祈る。

 その想いの相手は、替え玉受験一味のチームとんこつリーダーであるリム……ではなく、情を交わしたセリ。


(おい、エロ眼鏡……。なんとか受かれよ! てめぇは生まれてこのかた辛いことばっかだったんだから、ここで落ちてキモ親父と政略結婚なんて……そんな目に遭っちゃいけねぇんだ! 受かれ……受かれよっ! セリッ!)


 ルシャにまだ自覚はなかったが、セリを「エロ眼鏡」ではなく名で呼ぶことが、ちょくちょくと増えてきていた。

 エルゼルの弁舌が途絶えてほんの十数秒の間に、それぞれの想いが反復する。

 その猶予を与えていたかのごとく、いよいよエルゼルが声を上げる。


「それではまず、栄えある首位合格者を発表する──」

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