第155話 まさかの……?

「──リム・デックス!」


 その名を受けて、講堂内に軽くざわめきが起こる。

 場のほとんどの者が、「ステラ・サテラ」「フィルル・フォーフルール」の2強の名を予想していたため。

 フィルルは、いまにも立ち上がるべく気持ち浮かせていた腰を、ぺたりといすへ着け直し、動揺を顔に出さないようにしながら、奥歯を擦る。


(リム・デックス……! 歌唱試験後に調べたところ、予備試験最下位通過の泡沫受験者とのことで、違和感がありましたが……。そうですか! 予備試験でわざと手を抜き、周囲を油断させていましたか! なんと強かな!)


 もう一方のつわもの、ステラには心の乱れはない。


(首位は姉弟子ですか。お師様の慧眼にかなっただけあり、ただ者ではないですね)


 名を呼ばれた当人であるリムは、周囲のざわめきに反し、のほほんとしている。


(あらっ? 同姓同名の方が……いらしたんです? いままで気づきませんでした)


 自分が首位とは微塵も思っていなかったため、のんきに同姓同名の存在を疑う。

 しかし、エルゼルが「受験者番号は省略する」と言っていたのを思いだし、そのことから「この場に同姓同名はいない」と気づく。


「あっ……! は……はいっ!」


 リムは声を詰まらせながら、慌てて立ち上がった。

 上げた顔を凛々しく保ち、背を正し、均等な歩幅で、折り目正しく壇上を目指す。

 だが、その背には冷たい汗が滲み、脳内では本心のリム(3頭身)が、動揺で頭を抱えながら、ジタジタと身を転がしている。


(あああぁ……。替え玉受験一味のわたしたちが、首位だなんて……)


 壇上へと続く、持ち運び式の階段を上るリムの足は、石のように重い。


(しかもこのあと仮病で逃げるから、目立ってはダメなのに……。はううぅ……)


 壇上には白いチョークで、受験者の立ち位置が16人分記されている。

 エルゼルが立つ演台の正面を開けて、左手に8人分、右手に8人分の立ち位置。

 リムは首位者の証である左端に立ち、微笑を浮かべて堂内を向く。

 リムが所定の位置に立ったのを見て、エルゼルが次の受験者の名を発表。


「……ステラ・サテラ!」


「はい」


 ステラが無表情で登壇し、リムの右隣に並ぶ。

 首位を取れなかったことへの悔しさ、不甲斐なさは、いっさい見て取れない。

 登城時にエルゼルへ見せた不遜な振る舞いから、こうした順位付けには特に興味がないのだと、場の一同は察する。

 次に名を呼ばれたのは、ステラとは対照的に、順位にひときわこだわる受験者。


「……フィルル・フォーフルール!」


「はいっ!」


 優雅な所作で壇上へ上がり、上方へ湾曲した生来の糸目で、穏やかな笑顔を作る。

 しかしその心中はまったく穏やかではなく、脳内では本心のフィルル(3頭身)が、3位に甘んじた己へ憤慨しつつ、再びステラの後塵を拝んだことと、伏兵のリムに首位を奪われたことへ苛立ち、地団駄を踏んでいる。


(3位っ! このわたくしが……3位っ! 井の中の蛙だったというのっ!? それとも戦姫團の方々は、わたくしのこの細目の美しさが理解できないのですかっ!?)


 本心フィルル(3頭身)が演台のエルゼルを糸目で睨みつける中、エルゼルは淡々と合格者の名を読み上げていく。


「……カナン・トランティニャン!」


「はーいっ♪」


 カナンが相変わらずの弾む甘い声で返事をし、トトト……と壇上へ駆けていく。

 小柄なカナンは足音さえも軽やかで、階段を上るときなどは、ピアノの鍵盤を弾くかのように「ド・レ・ミ・ファ・ソ……」という幻聴が、皆に聞こえる。

 カナンはフィルルの右隣に立つと、にっこりとアイドルスマイルを浮かべた。


(リムちゃんが合格してるから、まだまだラネットちゃんと一緒にいられるねっ! よーっし! もっともーっと積極的に、ラネットちゃんへ迫っちゃおーっと!)


 カナンは講堂の従者の中からラネットの姿を見つけ出し、にっこりと瞳を閉じる。

 一方のラネットは、最愛の少女・トーンとの再会を既に果たしており、懐いてくるカナンは、二人の仲を壊しかねない不穏な存在。

 カナンの愛らしさを再認識しつつも、ちょっと迷惑げな苦笑いを返す。

 受験者の発表は続く。


「……イッカ・ゾーザリー!」


「はいっ!」


 イッカは5位という好結果の理由を分析しながら、壇上へと進む。


(……あら、意外と好位置。歌唱試験で点を稼げたみたいね。歌唱試験では、チームがまとまらずグダグダに終わった組もあったと聞くし、自滅した上位者がけっこういたのね。ありがたいことで)


 壇上のイッカを見た妹のリッカが、右隣のラネットへ抱きつきながら小声で喜ぶ。


「わっ! イッカお姉ちゃん5位だって! すごーい! お互い二次試験へ進めてよかったね、ラネットさんっ!」


「う、うん……そうだね。あははは……」


 左隣に立つ長女・キッカに抱きつかないあたり、イッカの一次試験突破よりも、こうしてラネットとくっついていられることを喜んでいるのが伺えるリッカ。

 このあとリムの仮病で城塞から去る予定のラネットは、自分を慕ってくれる少女への裏切りに胸を痛めた。

 一方キッカは、イッカを一瞥したのち、すぐさま視線をエルゼルへと戻した。


(ああ~! イッカちゃん一次試験合格により、いましばらくおそばで拝顔できるのですね。エルゼル様~!)


 長女と末妹揃って、不純な動機でイッカの合格を喜ぶ中、合格者読み上げは続く。


「……ディーナ・デルダイン!」


「はいですっ!」


 チームとんこつと縁のある受験者の名前がしばしば挙がりつつ、合格者16人の枠が徐々に埋まっていく。

 従者の一群の中のルシャは、いまだセリの名前が出ないことにやきもきし、目を皿にしてエルゼルの口を見ながら、スカートのすそをギュッと固く握り締める。

 次に読み上げられるのは、14人目の合格者。


「……ナホ・クック!」


「はっ……はいっ!」


 ナホは消え入るような小声で「あ、あの……すみません」と、自身の合格を恐縮しながら、いまだ着席中の受験者たちの間を抜けて、壇上へと上がる。

 残る合格者の枠は二つ。

 名を呼ばれていない受験者たちは殺気立ち、両膝頭の上へ置いている握りこぶしの中には、多量の汗をくるんでいる。

 そして祈るように脳内で、エルゼルの声で自身の名を反復する──。


「……セリ・クルーガー!」


「はい!」


 15人目にして、ルシャ待望の名前が、講堂内に響いた。

 予備試験に続き、下から2番目での合格枠獲得。

 すっくと立ち上がったセリが、威風堂々に壇上へと向かう。

 凛々しい真顔、編みこんで七三に分けられた前髪と銀縁眼鏡、ところどころ黒光りする青く長い髪、長身に恥じない胸の隆起と腰のくびれ……と、首位合格者であるかのような、威厳あるいでたち。

 壇上で前を向いたセリを見て、それまで息を止めていたルシャが、大きく息を吸って安堵する。


(ふううぅ……。……ったく、ヒヤヒヤさせやがって。でもまぁ、よかったなエロ眼鏡……セリ! オレも……腹をくくるぜ!)


 壇上のセリの姿を見て、ルシャは胸に秘めていた、とある意を決した。

 そしてエルゼルからは、最後の合格者の名前が告げられる。


「……シャガーノ・モーブル!」


「はいっ!」


 シャガーノのはつらつとした返事に、うっすらとした溜め息や、「あぁ……」という低い落胆の声が、いくつか重なった。

 いすから立ち上がったシャガーノの周囲にいる、座ったままの受験者。

 それらはいま、不合格が確定した。


(ふーっ……。歌唱試験のとき、思いきってゴネて正解だったわ。ゴネ得ゴネ得……っと。それでは不合格者の皆さん、はるばるご苦労さまでした~!)


 シャガーノが壇上へ立ち、16人の合格者が姿勢を正して整列。

 ここに一次試験の合格者にして、二次試験への進出者が決まった。

 エルゼルが、合否発表の終了を告げる。


「……以上が一次試験の合格者だ。二次試験の詳細は、あすの午後発表する。残念ながら合格を逃した者は、あす、軍の馬車で麓へ送り届ける。明朝9時に、退室の準備をすませてこの講堂へ集まるように。退城に当たって、いくつか注意事項がある。合格者には、これより一次試験合格証を手渡す。首位の者から、わたしの元へ受け取りに来るように。以上!」


 ──パチパチパチパチ……!


 講堂の端々に配された女性兵たちが拍手を始め、それに従者の一群、そして不合格となった14人の受験者たちがつられ、壇上の16人へ拍手を送る。

 この時点ではまだ、合格者16人にどのような二次試験が待っているのか、また、何人がふるい落とされるのかは、伝えられていない。

 講堂内に響く拍手は、新たな戦いを告げる開戦の合図でもあった──。

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