第156話 オレたちの戦いはこ(以下検閲削除)
──一次試験合否発表後、チームとんこつ自室。
リムはテーブルに両肘をついて両手を頬に添え、教員免許を兼ねた一次試験合格証を、浮かない顔で眺めている。
ラネットが向かいの席へ腰を下ろし、覗きこむようにリムの顔を見る。
「……待望の教員免許手に入れたのに、なんだか浮かない顔だね?」
「えっ……? あ、いえ……。まさか首位で合格するとは思っていなかったので、うれしさよりも、驚きのほうが強くて……。アハハハ……」
「……だね。ボクも1位だなんて、思いもしなかったよ。ボクたち3人、得意分野のポテンシャル高かったんだねー。あはははっ」
ラネットがくったくなく笑いながら、話を続ける。
「あと、縁のある子たちみんな合格してて、一安心……かな。これで悔いなく、ここをおさらばできるね」
「ええ……本当に。ラネットさんはここを出たら、お師匠様のお店で働くんですよね?」
「うんっ! 一度孤児院帰って、試験の報告とお別れの挨拶、してくるけどね。リムはいったい、なんの先生になるの?」
ラネットの質問を受けて、小さくビクッと震えるリム。
眼下にある教員免許兼一次試験合格証を回転させて、ラネットのほうへ向ける。
「学問」「武技」「音楽」の3項目すべてにチェックマークが入っており、書類の右下隅には陸軍大臣の決裁印が押されている。
「……皆さんのおかげで好成績を出せたので、学問、武技、音楽の中から、好きな教科を選んで教壇に立てるようになりました。わたし個人の能力的には、学問一択ですけれど。アハハハ……」
リムは苦笑しながら合格証を手元に引き寄せ、愛用のバインダーへと挟み、部屋の隅に立てかけているキャリーバッグへとしまう。
ラネットに背を向けて、キャリーバッグを開閉するリムの顔は暗い。
(……いいえ。わたしには、どの教科も選べません。替え玉受験で得た免許では、教壇に立てません。きょう、一次試験を首位で通過したことで、自分の罪の重さをよりはっきりと感じました。ですから、わたしは……)
そこへ、ベッドの上段で二人の会話を傍聴していたルシャが、声を挟んだ。
「……あのさ。ちょっと……いいか?」
「……ん?」「……はい?」
二人の同時の相槌を受けて、ルシャがベッドから飛び降り、軽やかに床へ着地。
化粧台用のいすを抱えて、テーブルへと歩み寄る。
長方形のテーブルの両サイドには固定された長いすがあり、そこにいま、ラネットとリムが向かいあって座っている。
ルシャは長いすがない辺へいすを置き、二人の顔が同時に見渡せる位置に腰を下ろし、太腿の内側で両手をもぞもぞさせながら、気まずそうに口を開く。
「あー……えっと、さ……。いまから言うことって、お願いっちゃあ……お願いなんだけどよ……。めちゃくちゃムシのいいお願いっていうか、ぶっちゃけわがままなんだけどよ……。聞くだけ……聞いちゃもらえねーか?」
下を向き向きの、申し訳なさそうな上目遣いで、ルシャが慎重に言葉を進めた。
ラネットとリムは、初めて見せるルシャのその態度に興味を惹かれ、揃って身を乗り出しながら、「ふんふん」と同時に相槌を打つ。
その相槌を受けて数秒間俯いたルシャが、意を決したように顔を上げ、真顔で声を張り上げた。
「こっ……このまま……! 二次試験へ、進んでくれねーかっ!?」
「「ええっ?」」
口を丸く開けて、驚きの声を重ねるラネットとリム。
二人の反応を見て、「やっぱり」と表情を曇らせるルシャだが、すぐに顔をキリっとしまらせて、真剣な眼差しを二人へ向ける。
「オレ……。二人と違って、はっきりした目標なくてさ……。現役の戦姫團と戦ってみてぇ……っていう、ただの腕試しで替え玉受験の話に乗っかったんだけど……。その……見つけちまったんだ。目標って……やつを。ここで……」
真顔のルシャの頬が、話を進めるにつれて、少しずつ赤みを帯びていく。
ルシャのいう「目標」を推し量るのは、二人にとって簡単なことだった。
代表して、ラネットが述べる。
「……セリさん、だよね?」
名前を出され、いっそう赤みを増した頬を隠すかのように、こくんと頷くルシャ。
しかしすぐに顔を上げ、切なげに瞳を潤ませながら、正直な思いを打ち明けだす。
「オレ……あいつに戦姫團入りしてほしい。あいつ、このまま国に帰れば、顔も見えねぇ……。いや、顔がわからねぇほうがマシな男と、結婚させられちまうかもしれねぇ……。だから、二次試験にも合格できるよう、顔が見えてるオレが、そばで支えてやりてぇ……」
ルシャは左右の手の五指を、テーブル上で不規則に絡ませつつ、言葉を慎重に一つ一つ選びながら、想いを二人に打ち明ける。
同じ年ごろのラネットとリムには、だれかを想うゆえにそんな
「……戦姫團で何年か過ごしてりゃ、あいつの顔が見えねぇ病気を、治す方法が見つかるかもしれねぇ。リムが描いてた漫画ってやつでリハビリすりゃ、治らなくともマシになるかもしれねぇ。それに……」
「「……それに?」」
「……あの糸目女から聞いたんだ、二次試験にゃ、受験者同士で戦う試験があるって。糸目んち金持ちらしいから、金に飽かせて得た、確かな情報だと思う。オレ……エロ眼鏡と、もういっぺん戦いてぇんだ。練習とか野試合とかじゃなくて、ガチの戦いの場で……」
ルシャが頬を羞恥で火照らせつつも、瞳に闘志を宿す。
セリを愛しく想うのと同じほどに、剣士としてその腕を買っていた。
「エロ眼鏡のゴーレム戦見て、オレ……。あいつが運命のライバルだ……って、思った。あいつがオレだけ見えるのも、単なる偶然じゃねぇと思う。ラネットと、トーンって女みたいな関係……かもしんねぇな。ははっ……」
ルシャは照れくさそうに、両手でうなじを掻きながら、ラネットを見て苦笑。
そのあと、その手を顔の前でパン……っと合わせ、瞳をギュッとつむる。
「だから……頼むっ! まだここにいさせてくれっ! オレにできっことなら、なんだってお礼するからさ! 二次試験……いかせてくれっ!」
テーブルに両手をつき、頭を下げて額をつけるルシャ。
ラネットとリムは顔を見合わせるが、その両者の表情には、かなりの差があった。
リムは眉をひそめた困ったふうの顔つきだが、ラネットの顔は、ルシャの想い詰めた表情が伝播したかのような様相。
「ボクは……協力したい。ルシャとセリさんの、二人の印象……。ただの仲良しじゃなくって、運命の恋人に見えた。いまここで、二人を別れさせちゃいけない……と思う。でも……」
ラネットが、ルシャへと向き直る。
「……ボクたちのリーダーは、予備試験をちゃんと合格してるリム。リムがNOなら、ボクもNO。先生になりたいっていうリムの夢を、最優先すべきだから。二次試験はもう受験者少ないし、半分くらい顔見知りだから、替え玉がバレるリスクも高い。ルシャはそこ、わかって言ってる?」
「わ……わかってっけどよ……。だから『お願い』……なんだよ。ラネットとリムがいてのいまだから、二人のどっちかがイヤなら、潔く諦めるさ。……で、リムはどう……なん……だ?」
高鳴る心臓を鎮めるように胸に手を当てながら、恐る恐るリムへと問うルシャ。
先ほどから眉をひそめ、あまりいい感情を抱いていないふうのリムが、口を開く。
「……いいですよ。進みましょう、二次試験へ」
そう言いきったリムは一転、瞳を閉じた笑顔をルシャへ向け、頬へ赤みを宿す。
一方のルシャは、自分のわがままにあっさりと許可が出たことへ、驚きを隠せない様子。
「ほ、本当に……いいのかよ? さっき團長から貰った紙切れで、夢だった先生になれンだろ……?」
ルシャの問いに、リムは笑顔のまま瞳を伏せて、顔を横に振る。
「先生には……なれます。でも『夢だった先生』には、なれないんです。あの教員免許では。ですからわたしは、ルシャさんには『夢』を叶えてほしいです……アハッ」
「い……言ってること、よくわかんねぇんだけどよ……。だったら……いいんだな? オレ……あ、いやオレたち、二次試験へ進んでも!?」
「ええ、もちろんですっ!」
「いよっしゃああああっ! オレたちの戦いは、こ……」
「……これからだ!」と、ルシャが言いきろうとしたところで、ドア側のベッドの陰から、何者かが声を挟んだ。
「……それは不吉な言葉だから、最後まで言っちゃダメよ。ルシャ?」
ベッドの陰から現れたのは、いつものデニムのジーンズに白い半袖シャツを着た、メグリ。
テーブルの空いている辺にヒップを乗せ、振り向いて肩越しに3人へ告げる。
その顔は、普段の微笑でありながらも、目つきは少し険しい。
「あなたたちの活動は、最初の約束通り、一次試験で終わり。チームとんこつはここで解散。さ……帰り支度、始めてちょうだい? カラコンも返してもらうわ」
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