第157話 追試験

 突然現れ、チームとんこつの解散と、帰り支度を要求するメグリ。

 二次試験進出へ向けて上げていた気炎を消される格好になったルシャは、しかめっ面でメグリの正面へ移動して、顔を見上げて食ってかかる。


「なっ……なんでだよっ!? 師匠もあの、人の顔覚えられないエロ眼鏡に会っただろ! あいつから顔が見えるオレが、あいつ支えなきゃダメなんだよ! 人助けだよ! わかンだろ師匠!」


「……わかんないわねー。病気と替え玉受験は、別問題だし。じゃあ……もしさ? あなたたちの割を食って落ちた17位の子がさ……。成功率50パーセントの難手術を恐れる子どもに、『わたしが一次試験に合格したら、手術を受けてくれるよね?』って約束してたら、どーすんのよ?」


「例えがめんどくさすぎるぜ師匠ぉ! エロ眼鏡の奴はよ、戦姫團に入團できねぇと、好きでもねぇ男と結婚させられンだぜ!? ンなもん生き地獄じゃねーか!」


「そんときゃあんたが結婚式に乱入して、花嫁かっさらえばいいじゃない? ダスティン・ホフマンみたいにさ。フフンフフフンフン~♪」


「だれだよそれ知らねーよっ!」


「……とにかくっ! わたしはあんたたちが、一次試験合格が望み……っていうから一枚噛んだの。二次試験に進むのは契約違反。ルシャあんた、自分たちがやってるのはインチキだって大前提、忘れてない?」


「ぐっ……!」


 メグリがルシャの顔を指さしながら、険しい表情で睨みつける。

 その威圧感は戦闘中の剣士のそれで、ルシャは自分に向けられた人差し指の爪が、剣の切っ先に思え、ひるんでしまう。

 メグリは指先をルシャへ向けたまま、上半身を背後へ捻らせて、話の相手をラネットとリムへと変える。


「……それに、不合格者の下山があすへ延びたでしょ? いますぐあんたたちが棄権の工作始めれば、リムの教員免許を確保しつつ、17位の子を繰り上げ合格にする交渉できるのよ。そのほうが、あんたたちも罪の意識少なくてすむでしょ?」


 至極まっとうなメグリの弁。

 特に、自責の念がほかの二人よりも強いリムには、「17位の繰り上げ合格」が胸に刺さる。


(確かに、お師匠様の言い分は正答……。ただ一点、わたしはもう教員免許を欲していない……という見落としは、ありますけれど……)


 場が静まり返る中、その隙にメグリも胸中で本音をつぶやく。


(……替え玉受験しないと勝ち残れないあなたたちじゃ、蟲とは到底戦えないの。それどころか、替え玉を押し通そうとして、犠牲者を出してしまうかもしれない。蟲の襲来は近い……。あなたたちはここで城を去るのがベストなのよ。蟲を殲滅さえすれば、恋も夢も、どうとでもなるわ)


 その長めの沈黙を破ったのは、ルシャだった。


「……勝負だっ! 師匠!」


 室外へ漏れ出そうなほどの、ルシャの叫び。

 メグリが上半身を正面へ戻し、瞳を閉じて大口を開けているルシャの顔を見る。


「……は?」


「オレと剣で勝負してくれっ! 負けたら潔く諦めるっ! だけど……オレが勝ったら、二次試験進ませてくれっ!」


「……ふぅ。あのさぁ……ここに来る前、ルシャの腕は確認済みでしょ? あんたはわたしに、一本も入れられなかった。おまけにあんたはここへ来て、ろくすっぽ剣の練習してないはず。そもそもね、二次試験へ進まないっていうのは確定事こ……」


 「確定事項で覆らない」と続く言葉を読んでいたかのように、ルシャが声を上げてそれを中断させる。


「確かにここに来て、剣はあんま握れてねぇ! でも毎日の筋トレは続けてたし、なによりあいつと……セリと一戦やった! あいつはオレの剣筋盗んで、ゴーレムに勝ってみせた! だからオレにも、あいつの剣がきっと宿ってる! オレ一人じゃ無理でも、ならわかんねぇ! だから勝負してくれ、師匠っ!」


 一方的にまくしたてたルシャは、力を使いきったかのように両肩をだらりと下げ、はぁはぁと荒い呼吸をし、瞳には感極まって滲み出た涙の膜を作っている。

 メグリはそんなルシャに、少女時代のアリスの姿を重ねてしまう。

 勝ち気で、純粋で、二人の絆の強さを信じてやまない、14歳のアリスの姿を──。


「……なるほどね。つまりわたしが勝てば、ルシャの独り善がりの証明になるってわけね? いいわ。そこまで言うなら、勝負受けてあげる。武技堂で、木剣の試合でいいかしら?」


「お……おうっ! やった! ありがとう、師匠っ!」


「礼を言うのはどうかしらね? わたしはあんたが信じてる、あの美眼鏡ちゃんとの絆を叩き潰すつもりよ。いま、4時だから……4時半に武技堂へ来なさい。團側に頼んで、貸し切りにしてもらっとくから。じゃ」


 メグリが両足を揃えてテーブルから跳ね下り、ドアへと直進。

 ルシャがさっとわきへよけて道を譲る。

 メグリはそれに目もくれず、険しい表情で前を見据えて退室。


 ──ガチャ……バタン。


 席に着いたままのラネットが、苦笑いでルシャへ話しかける。


「追試……ってとこかな」


「……ああ。でも、ぜってー勝ってみせるさ!」


 ルシャが表情を引き締め、胸の前で拳と掌をバシっと合わせた。

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