第160話 戦姫の試練(3)

(タヌキ女と、ステラ・サテラ……。曲者対決か。受験者のステラに、このような野試合をさせるのは問題アリだが……。奴は蟲の襲撃において、即戦力となる人材。ここでを確認しておいて損はない)


 受験期間中の受験者であるステラが、強豪のメグリと勝負を交わすことに、戦姫團團長であるエルゼルからは物言いなし。

 無言の間でそれを確認したメグリが、乱入者であるステラへ勝負の説明を行う。


「切っ先を合わせたら開始。防具は……ステラあんたならいらないか。どこでもいいから、相手の体に木剣当てれば勝ち。投擲もオッケー。自分の剣がリング外へ落ちたら負け。いいかしら?」


「承知しました。では──」


 ──カッ! ガッ!


 前方の宙で木剣の切っ先を軽く当て、勝負を始めるメグリとステラ。

 その瞬間、激しい打撃音とともに二人の立ち位置が入れ替わった。


「「なっ……!」」


「「えっ……!」」


 なにが起こったかを理解して驚く、エルゼルとルシャ。

 なにが起こったかがわからず驚く、リムとリングを下りたラネット。

 ──その奇術ような現象の、一連の動作。

 切っ先を合わせたステラは、剣を手元に戻さず、そのままメグリへ振り抜いた。

 あらかじめ木剣に圧を溜めておき、変則的な構えとして、切っ先合わせに臨んだ。

 メグリは切っ先に触れた瞬間それを察知し、ステラの初撃をガード。

 斜めに交差した木剣を擦らせながら、二人は弧を描いた移動で衝撃を分散し、お互いの位置が入れ替わったところで、弾きあいながら背後へ跳躍──。

 二人はそれを勝負開始の合図とし、再びリング中央で激突する。


「いくわよ末弟子っ!」


「はいっ!」


 ──ガッ! カッ! ガキッ……ガガッ! ガキィッ!


 リング中央で垂直に跳躍しながら、木剣をぶつけ合う二人。

 跳躍の頂点に達したところで、互いに渾身の一撃をぶつけあい、その衝撃で二人が後方へ下降。

 リング四隅に立てられている鉄杭、その対角線を結ぶ杭に降り立った二人は、すぐに水平に跳躍し、リング中央で剣を交わらせる。


 ──ガキィンッ!


 その衝撃で弾け飛んだ二人は、もう一本の対角線を作る鉄杭の上へ着地し、睨み合った。

 この間、10秒程度──。

 これまで壁際で観戦していたエルゼルも、たまらずリングサイドにかぶりつく。


「チッ……タヌキ女め……。わたし相手のときは、加減をしていたか……」


 ルシャも、先ほどの勝負では手を抜かれていたと思い知らされるも、超一流同士の勝負を目の前にして、卑屈さは起きずにいた。

 ステラの勝利に自分の二次試験進出が懸かっていることも忘れ、目の前の激しい剣戟に、ただただ目を奪われる。


「ステラって女、ゴーレム戦のとき動きが妙だ……って、思ったけど……。ありゃ、相手が遅すぎたからなんだな……。これがあいつの、そして師匠の、当たり前の速さ……」


 残るラネットとリムにとっては、まさに「目にも止まらぬ速さ」。

 リング上の二人の髪と服が、色の残像を描きながら移動しているだけに見える。

 メグリとステラは再びリング中央で木剣をぶつけあい、しばらく地上戦を展開。

 能力的に、背を見せたら打たれることを察知している二人は、互いに縦、横、斜めの移動で相手を揺さぶりつつ、真正面を維持しあう流れを形成。

 木剣がぶつかり合う音が、ガガガガガッ……と断続的に、リング上のあちこちから生じるも、その音一つ一つは大きく激しく、大振りの強打の応酬が信じられないスピードで行われていることを伺わせた。


 ──ガガッ!


 メグリの背がリング隅に近い位置で、二人の木剣が斜めに交差して固まる。

 ぶつかり合う角度、振りの速さ、剣圧……がまったく同一の一撃が、木剣の根元で重なったため、相殺で二人の動きが止まった。

 観戦者へメグリが背を向ける格好で、つばぜり合いを続ける二人。


「お師様……。その、お顔は……?」


 相対するステラだけが見ている、いまのメグリの顔──。

 ソバカスがほぼ消え、加齢による小じわもなりを潜め、頬から顎へのラインをシュッと尖らせた、実年齢より5~6歳若い風貌。


「ふふっ……。わたし、ガチの勝負してると、身が引き締まるのよ。比喩表現じゃなくて、物理的にね──」


 そのメグリの顔つきは、パーツすべてがステラによく似ている。

 緩いパーマに表情豊かな三十路のメグリと、常に無表情の15歳のステラという大きな差異から、二人の顔が似ていることに気づいたのは、当人同士のほかではアリスとラネットくらいだが、いまの凛々しいメグリの顔はステラによく近く、年が離れた姉妹のよう。

 伝説の女剣士・戦姫ステラと同じ名前に生まれて、それがきっかけで興味を持ち、憧れ、その容姿に少しでも近づけようと文献を読み漁り、美を磨いてきたステラ。

 至近距離でベストコンディションのメグリの顔を見て、1パーセント残していた疑念を捨て、100パーセントの確信を得た。


「お師様はやはり……戦姫ステラ!」


「なんのことだかね! でももし、わたしに勝てたら……。あんたがそれを、名乗っていい気はするわ!」


「恐縮至極っ! この勝負……貰いますっ!」


 ステラは後方へ低く跳躍して、自らつばぜり合いを解除。

 メグリから距離を置くと、トントンと数回、垂直に跳躍して全身のバネの強張りをリセットしたのち、木剣を頭上に構える。

 そして前方へ猛スピードでダッシュし、そのまま水泳の飛びこみの要領で離陸。


「──はっ!」


 前方に高速回転しながら、メグリへ向かって一直線に宙を進むステラ。

 直径1メートルほどの蒼色の球体が、刃を回転させて突進するかのよう。

 ステラの異形の奇襲に、メグリは思わず受けるのをやめ、横っ飛びで回避の選択。


「うわっ! なにそのムーブはっ!?」


 よどみなく回転を止めて、メグリを向くステラ。

 木剣が下から上へと振れるタイミングで回転を止め、半身を捻って体の向きを変え、全身を伸ばして床に立つステラに、着地際の隙はなかった。


「……未完成ですが、一応わたしの奥義です。お師様に勝てたとき、完成し、名も生まれるでしょう」


 再びステラが間合いを取り、トントンと跳ねてから、その名もなき奥義を発動。

 正面から突っこんでくる高速回転斬りに対し、今度はメグリは、剣を構えて対峙。


「さて……。その手の突進系攻撃は、側面からの反撃に弱いのが相場。ギリギリまで引きつけて、軸移動でサイドに回りこん……で……うわあっ!?」


 メグリの間近に迫ったステラの体が、90度横転。

 縦回転を横回転へと切り替え、側面へ回りこもうとしていたメグリに斬りかかる。


「読まれてたっ! やばっ!」


 とっさの垂直ジャンプで、ステラの体を間一髪かわしたメグリ。

 上半身が揺らいだ姿勢で着地してしまったため、今度は自分から間合いを取る。


「危ない危ない……。そういや抜刀牙にも、軌道を変える派生技があったわね……。でも色合い的には、音速ハリネズミのスピンダッシュ…………ん?」


 ステラはメグリに向き直り、回転斬りの予兆である軽い跳躍を、たび見せる。

 その小さな口は真横に閉じられたままで、大技を連続で放ったにも関わらず、鼻の呼吸だけで充分というコンディションの良さを見せつけている。

 一方のメグリは年の差か、いよいよハァハァと呼吸を荒くしだしたが、その表情には、含みを持たせた笑みが浮かんでいた。


「よーしっ! 次で決着よ! その技、正面から破ってみせるわ! かかってらっしゃい、末弟子!」


「さすがお師様。では、遠慮なく……」


 メグリがステラの直線上に立ち、木剣の両端を持って、肩の高さに水平に掲げる。

 ステラはこれまで通り上方へ木剣を構えてから、前方へ飛びこむように跳躍。

 ステラの蒼い長髪が残像で球体となり、メグリへ前方回転斬りを放つ──。


「──いまっ!」


 メグリが後方へ倒れこみ、床に背をつけて膝を曲げる。

 そして両端を握る木剣の下へ、両足の裏を潜りこませる。

 まだハイハイもできない赤ちゃんが、仰向けで自分の足を掴んで遊ぶような姿勢。

 その姿勢のメグリの直上から、ステラの木剣が、回転斬りで振り下ろされてくる。


 ──ガッ……!


 回転切りを木剣の中ほどで受け止めたメグリ。

 同時に思いっきり両膝を伸ばして、ステラを斜め後方の上空へと、勢いよく蹴り上げる。


「うりゃあああぁああっ!」


 地に足を着けていない状態で力強く蹴り上げられたステラは、身が軽いこと、球状に丸まっていたこともあって、斜め上空へ勢いよく弾き飛ばされた。

 メグリはすぐに両脚を大振りして身を起こし、宙を舞うステラを微笑で見上げる。


「いやー。やっぱ音速ハリネズミと言ったら、スピンダッシュからのジャンプ台でボヨ~ンよねぇ。あはははっ!」


 宙のステラはもはや、リングアウト必至の飛距離。

 ステラは手にしたままだった木剣を、リング内目がけて投擲した。


「せいっ……!」


 ルールは「木剣がリング外へ出たら負け」。

 言い換えれば、木剣がリング内ならば、自身のリングアウトは可ということ。

 説明の時点で把握していたステラは、剣をリング内へ残そうとする。

 しかしメグリは、それを読んでいた。


「……残念っ!」


 上空から降ってきた木剣を、メグリは水平斬りで弾き飛ばす。

 ステラの木剣は、だれもいない方向の壁へと叩きつけられ、床に落ちた。

 この時点でメグリの勝利が確定。

 ステラは宙で体のバランスを整えながら、リングから数メートル離れた位置で、足先からきれいに着地する。


「……やはり、技として未完成でしたか。そしてさすがです、お師様」


 普段のクールな表情と語りでありながらも、どことなく悔しそうな印象のステラ。

 メグリがリングの端へ行き、その敢闘ぶりをフォローし始める。


「戦った印象、50対50フィフティフィフティだったわよ。経験でわたし、若さであんた……で五分。ただこっちはね、朝から体あったまってて、調子上がってたのよ。ま、きょうはわたしが51で、あんたが49の日だったってとこかしらね~。ここの入團試験が終わったら、いつでも再戦承るわよっ」


 言い終えた瞬間メグリは、自分以外いなくなったはずのリングに、人の気配を感じた。


「……はっ!?」


 振り向くと反対のリング端に、リムの立ち姿。

 利き腕の左手に愛用のバインダー、右手に木剣。

 そして、恐らくルシャに着けてもらったであろう防具。

 武闘派ではないリムだが、替え玉受験を把握していないステラとエルゼルがこの場にいるゆえか、堂々と胸を張り、強気の表情で選手の初期位置に立つ。


「……最後はわたし、リム・デックスです! よろしくお願いします! アハッ!」

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