第126話 魚鱗の陣

 ──午前10時10分、音楽堂。

 音楽隊隊長・ヴェストリアが提示した時間ぴったりに、緞帳が上がり始める。

 少し上がった緞帳の隙間から見えるステージには、まだ音楽隊は配されていない。

 ラネットリムたちは1分前に歌い合わせ練習を終え、ミーティング用に残していたいす6脚を片づけ、ステージに向かって横一列に整列。

 ステージから見て、左から順にディーナ、フィルル、シャガーノ、ラネットリム、イッカ、ナホの並び。

 ほどなく、奏者用の通用口から音楽堂入りした音楽隊の面々が、向かって右側の袖から一列に並んでステージに上がり、左側の楽器から順に配置に就いた。

 最後にヴェストリアがステージ入りし、譜面台を背にして、受験者たちと相対。

 その顔は険しいが、好戦的な印象や意地悪さなどの邪気はなく、受験者たちと真摯に向きあおうとする生真面目さに満ちている。

 試験の説明時に歌唱を披露した歌い手の6人は、ステージの袖や観客席の端に立ち、緞帳の操作、そして受験者たちの挙動を監視する試験官の任に就く。

 音楽隊が配置に就き終えたところで、ラネットリムがスゥ……と息を吸い、その呼吸音に合わせて受験者一同が挨拶。


「「「「「「よろしくお願いしますっ!」」」」」」


 挨拶を発してから一礼。

 ヴェストリアが険しい表情のまま、無言で一礼を返す。

 それを受けてラネットリムたちは、隊列の形成を開始。

 シャガーノを先頭に残し、ディーナ、ラネットリム、ナホの3人が身を翻して後退し、後列を形成。

 ラネットリムはシャガーノの真後ろに就き、両手を左右に広げた。

 その手をディーナとナホが握り、後列の3人は手を繋ぎあう。

 次いでフィルル、イッカが後退し、中列を形成。

 中列の二人は、特に手を繋がない。

 かくして、シャガーノを先頭に、正三角形状の隊列が形成される。

 それを見てヴェストリアは、隊列の意味を探る。


(……陣形で言うところの、魚鱗の陣。恐らく後列の3人が低音パート。その3人が手を繋いでいるのは、左右二人が未熟ゆえに、中央の眼鏡の子が握力でタイミングを教えるため。その繋いだ手を中列の二人が隠すことで、見栄えの悪さを極力抑える。考えていますね)


 ヴェストリアが身を翻し、譜面台に置いていた指揮棒を右手に持つ。


(歌唱でもっとも大切なのは、真摯に歌いきること。ゆえに手を繋いでタイミングを教えようとも、減点とはしません。極端な話、歌詞を見ながら歌ったとて、わたしは減点にはしません。見栄えを気にして歌唱のクオリティーを下げることこそ、愚の極み。音楽への冒涜。このグループは、そこは見誤っていないようです)


 ──午前10時15分。


 ヴェストリアが指揮棒を掲げ、演奏を開始。

 短いイントロを経て、ラネットリムたちの歌唱が始まる。


「剣の峰に~掲げきし~♪ 乙女の結願~同胞と成す~♪」

「剣の峰に~掲げきし~♪ 乙女の結願~同胞と成す~♪」


 低音パートに輪唱が生じない1小節。

 ヴェストリアはすぐに、己の見誤りに耳で気づいた。


(低音パートは……一人。声の出どころは、後列中央……。あの、眼鏡の子ですか。高音の5人に負けないどころか、周りが囲って抑えこんでいるかのような、群を抜いた声量……)


「戦姫の御旗~山風受け~♪ 半可な心~躍り立つ~♪」

「戦姫の御旗~山風受け~♪ 半可な心~躍り立つ~♪」


 高音パートと低音パートの並列がまだ続く2小節。

 ヴェストリアは長年磨いた聴覚で、背後の受験者の動向を伺う。


(低音の子の声量に押し上げられる格好で、高音の子たちの声も伸びている……。恐らくあの繋いだ手は、握力ではなく、発声の予兆を伝達しているのでしょう。後列中央が大将とは、まさしく魚鱗の陣……)


 歌唱は、サビとなる3小節へと入った。

 ここから4小節までは、低音パートに簡素な輪唱が生じる。


「さあ~いま~ゆかん♪  あの~~明星は~~♪   わが剣の輝き~♪」

「さあ~いま~~  ゆかん♪ あの~~~明星は~♪ わが剣の輝き~♪」


(低音パートは印象が地味……と捉え、一人に押しつけて捨て、高音パートで得点を稼ぎにくる卑しいグループはあろうと予想していました。しかしこのグループは……否。低音の声に厚みがあり、5人がかりの高音に負けぬ輪唱を展開しています)


「刀光剣影~なにものぞ~♪ 嗚呼~♪  あ~嗚呼~~~~♪」

「刀光剣影~なにものぞ~♪    嗚呼~♪   あ~嗚呼~~~~♪」


 長く長く音を伸ばす、歌詞の終端の「嗚呼」。

 高音パートが先に声をフェードアウトさせ、ラネットリムの独唱がしばし残響。

 その間に、前列、中列の3人が配置の変更を開始。

 イッカが先頭に出て、イッカがいた位置へフィルルが移動。

 そしてフィルルがいた位置へ、シャガーノが後退。

 前列、中列の3人が、一人分ずつスムーズにスライドし、歌詞の2番へ挑む──。

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