第127話 集音
「
「剣の彼方~星の河♪ 乙女の結願~いま新た~♪」
聴音壕のトーンにも、ラネットたちの歌声は届き続けていた。
音楽隊の演奏と重なったラネットの歌声が、娯楽や芸術に縁薄かったトーンの胸を、歓喜と興奮で震わせる。
その震えの中、トーンはここ半時間弱抱いていた疑念を、確信へと近づけた。
(音楽隊の……演奏。間違いなく、この歌唱は入團試験……。だったらラネットは、やはり……受験者?)
トーンは壁に背をつけたまま、両掌を壁に当て、背骨と臀部を壁に擦りつけながら、膝を曲げて中腰になる。
(ラネットが、受験者で……。もしも合格……したら……。
愛しい人が軍人となり、危険な戦いに身を晒す。
愛しい人が自分と同じ軍属となり、同じ城塞に身を置く。
望まない、望む──。
相反する想いの振り幅がいままで以上に激しくなり、落ち着かず、黙って座っていられなくなったトーンは、肩甲骨付近をべたりと壁につけて直立。
なおも歌唱に耳を傾ける。
「
「戦姫の御魂~胸に秘め~♪ 軒昂の歌~高らかに~♪」
トーンの耳に届くラネットの声は、高く、勇ましく、そしてわずかに、苦しい。
周囲の歌唱、そして音楽隊の演奏と、重なりつつも相対している。
中心人物と言えば聞こえがいいが、孤軍奮闘の身でもある。
「ラネット……頑張れ……」
トーンの口から、無意識に声援がポツリと漏れた。
ラネットを戦地から少しでも遠ざけたいトーンだが、いまここ、この友の苦境において、その失敗を望めるほど、トーンはまだ大人ではなかった。
一言声援を漏らしたその口から、堰を切ったように激励が溢れ出す。
「ラネット……頑張れ……頑張れ! わたしも……聴いてる! わたしはラネットの声に……ずっと……救われてきた。わたしのこの声は……あなたに……届かないけれど……。でもいまは、わたしも一緒に声を出すとき……。ラネット頑張れ……頑張れ……ぐすっ……頑張れっ!」
感情の昂りを自制できず、両手で握りこぶしを作り、俯き、大粒の涙をいくつも落としながら、震える声で声援を発し続けるトーン。
ラネットへの想いが、内心から外へ溢れだしたのに呼応して、聴力が増幅。
ラネットの歌声が、聴音壕へ吸い込まれていくかのように、うねりを帯びる。
「ラネット……ぐすっ……頑張って!」
聴音壕の上空を通過していた1羽のハヤブサが、空気の流れに不穏を感じ取り、急旋回して進路を変えた──。
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