第124話 ほつれ
──ナルザーク城塞屋上・聴音壕。
「……はっ!?」
聴音壕の底で、日々の索敵活動に従事しているトーンの耳に、愛しい声が届いた。
灰色の長い前髪で奥で、碧色の両眼が、急に眠りから覚めたかのように見開く。
「ラネットの……歌声? これは……戦姫團の……團歌?」
城塞内から響いてくる、ラネットのはつらつとした歌声。
それに、一人、また一人……と、だれかの歌声が重なっていく。
「合唱……。ラネットの声が……中心……。当然……。ラネットの声は、この世で一番高くて、美しい……から」
狭い聴音壕の中での任務。
長い年月で慣れが生じているとはいえ、年ごろの少女にとって負担が大きい仕事には、変わりない。
その疲れとストレスをここぞとばかりに癒そうと、トーンは聴力を8割方、ラネットの歌声へと傾ける。
「合唱は……6人……。あのいまいましい、爛れた声の女が、いないから……。安心して……楽しめる……」
トーンにとってはさながら、干天の慈雨のごとき歌声。
不意に訪れた憩いのひとときに、躊躇なく身を委ねる。
しかしその多幸感の中に、小さくも固い異物ような、無視しがたい違和感がある。
それはあたかも、食事に混入した大きめの砂粒のように、ラネットの歌を噛みしめれば噛みしめるほどに、ゴツゴツと意識の中で存在感を放った。
「……………………!」
ラネットの歌唱が3回目となり、合唱の息が合ってきたところで、トーンはその違和感の正体に気づいた。
「いまは……。入團試験の……時間……!」
トーンは思わず前傾姿勢で立ち上がり、肩から真下へ伸ばした両腕に握りこぶしを作りながら、不自然な状況におののく。
「ラネットは……受験者じゃ……ない。いったい……なぜ……? どうして……?」
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