第123話 共闘

「──そ、そんなこと、可能ですの!?」


 ラネットリムの説明を受けて、フィルルが口紅鮮やかな口を縦長に広げて驚いた。

 フィルルの顔つきが生まれながらの糸目でなかったら、目を丸くしている場面。

 そのリアクションにラネットリムは、両手を宙で握り締めながらの力説で答える。


「隊長さんが『構成は自由』と仰っていましたから、きっと大丈夫です!」


「でもそれは、あまりに型破りな……」


「ゴーレムの厚い鎧を破ったフィルルさんだからこそ、この作戦の仕上げを託せるんです! はいっ!」


 ラネットリムが強気の笑顔で提案した華麗点獲得の策は、團側の受け取り次第で最悪の事態を招く、ハイリスク・ハイリターンの大博打。

 さすがの女傑・フィルルも、赤い唇を小刻みに開閉しながら、返答を濁した。

 そのフィルルの前へ、覚悟を据えた表情のシャガーノが出て、ラネットリムへ向けて仁王立ち。


「……その話、フィルルが二の足踏むなら、わたしが貰うわ」


「えっ……?」


 シャガーノが、疑問の相槌を漏らした背後のフィルルへ、肩越しに言い放つ。


「あの楽隊長、わたしの必死の質問を『構成は自由』で軽く流したのよ。だったら自由にやらせてもらおうじゃないの。わたしも戦姫團の歴史に、名を刻むわ」


 不退転の覚悟を全身ににじませたシャガーノの隣へイッカが並び、ラネットリムの視界から、フィルルの姿を覆い隠した。


「その策、あたしもいけると思う。『構成は自由』というげんはある。いざ文句をつけられたら、『試験時間延長を組みこんだ午砲問題を参考にしました』と言ってやればいい。リムもあれを、参考にしたんでしょう?」


 イッカが特徴的なジト目でラネットリムを睨みつけながら、大勝負の決意表明。

 そのキツい視線を浴びながら、ラネットリムもより覚悟を固める。


(だからその「ごほー問題」、ボク知らないんだけど……。でもここは、流れに乗ってフィルルさんを一気に説得する!)


 ラネットリムは宙に置いていた拳を上下にブンブンと振り、攻めの姿勢をアピール。


「……ええ、そうです。この入團試験は、戦姫團と受験者の戦いです。向こうが定めたルールに隙があるなら、そこをガンガン突いて、こちらの得点にしましょう!」


 受けてイッカは「フッ……」と口元に笑みを浮かべ、ラネットリムのその挙動がフィルルにも見えるように、人一人分横へ移動して、背後を向く。


「リムとフィルル以外は一次試験突破が危ういから、この策に賭けるしかない。策の発案者のリムは、自分は華麗点いらないとまで言った。あとはフィルル……あなたがうんと言うだけ。この超攻撃的布陣……魚鱗の陣で、ほかのグループもろとも、音楽隊を貫いてやりましょうよ?」


 次いでシャガーノも、フィルルを向く。

 シャガーノは無言の無表情だが、それは「言いたいことはイッカに言われた」を表していた。

 フィルルの高い能力スペックに、ある種の期待と信頼を寄せた、周囲の視線。

 そこに「利用」が多分に含まれているのを承知で、フィルルもまた、周囲を利用をせんとする腹を決めた。


「フフッ……。すべての受験者をひれ伏させ、首位で合格……などと甘く考えておりましたが。なるほど確かに、入團が確定するまでは、戦姫團も倒すべき敵ですわね。その策の最後の一手、わたくしが承りましょう!」


 語気を徐々に強めながらの、フィルルの弁。

 イッカとシャガーノの間に入り、さらに一歩前へ出て腕を組み、眉を釣り上げた笑顔で居丈高にラネットリムと相対する。


「……ですがこの布陣、低音パートのリムさんの声量が、5人と釣り合うのが前提条件。時間もないですし、すぐに確認させていただきましょうか?」


 ラネットリムの背後にある壁掛け時計が示すミーティング時間は、残り16分と十数秒。

 歌い合わせがギリギリ3回できる程度の猶予。

 ラネットリムは目の前のいすから一歩退くと、踵を揃えて姿勢を正し、胸元で両手を組んで歌唱の姿勢を取る。

 その勇ましい表情には、ラネットの地が3~4割ほど出ていた。


「……わかりましたっ! 低音パートには輪唱の箇所があるので、まずは高音パートを歌います。わたしの声量に納得していただけた人は、歌唱に加わってください。どなたかが加わった時点で、わたしは低音パートに移ります。ディーナさんとナホさんは、わたしたちの歌唱で歌詞とメロディーを確認しつつ、いけそうだと思ったら合流してください。では……!」


 ラネットリムはスゥ……と息を吸いこみ、軽く顎を上げた。

 本番では音楽隊が並ぶステージを覆う緞帳を見上げ、そして、さらに少し上向く。

 常に遠くを、空を、ツルギ岳を目標に、トーンの名を叫び続けてきたラネット。

 この歌唱試験で量られるのは、トーンと再会したい……という想いの大小なのだと、土壇場でラネットは気づいた。

 先ほど初めて耳にしたばかりの團歌のイントロを、口内の奥でンーンーと鳴らし、それを終えると同時に、一気に喉を開いた。


「────────────────♪」

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